第77話 若いというのは、忙しい
静かなはずの一日が、少しだけ騒がしい。
午前中で騎士団は既に訓練を終えていた。
――が、ロエルがいない。
キドは城内を急ぎ足で歩き回っていた。
(どこに行った?皇太子殿下が自力で時間を潰すなどあってはならない!)
「皇女殿下も庭にいない。まさか……」
嫌な予感がよぎった。
⸻
皇女殿下私室前
キドは扉をノックする。
「キド様」
中から女官の声が返ってきた。
(やはり……)
扉が開く。
「ロエル様、こちらは皇女殿下の私室ですよ!」
ロエルは振り返る。
「だから? 今日はラミアと遊ぶ」
真顔だった。
キドは頭を抱える。
(皇太子殿下対応係、勝手に任命の反動か……)
「キド様もご一緒にいかがですか?」
ラミアが満面の笑みで顔を出す。
「ユアン様にお借りしたカードで、皆様で遊んでいた所なのです」
室内からは、笑い声が聞こえる。
テーブルにはカードが広がり、
菓子も用意されているのが見えた。
楽しそうだった。
とても楽しそうだった。
「お誘いいただき恐縮です。ですが任務がございますので」
(入りたい。俺もそっちに入りたい)
「まぁ、残念です。また次回ご一緒しましょう」
ラミアが柔らかく微笑む。
「はい! 是非!」
反射的に声が出た。
声だけはやたら元気だった。
仕方なくルードが皇太子の対応をしていた。
応接室には穏やかな光が差し込み、白磁のカップが静かにきらめいている。
「……そういえば、ルード。ユアン嬢と婚約する運びか?」
皇太子は優雅に茶を飲みながら、何気ない調子で尋ねた。
「いえ、そういう訳では……現状はラミアの教育のために招いているだけで……」
ルードは半歩後ろに控えたまま答える。
一拍。
「……失礼ですが、何故ユアン嬢とのご縁談をお断りに?」
皇太子はカップを静かに置いた。
「……そうだな。少し茶をもらえるかな」
「はい」
女官が紅茶を注ぐ。
湯気が立ち上る。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
ルードは待つ。
まだ待つ。
さらに待つ。
(終わりか?!)
内心だけが崩れ落ちた。
「……殿下、よろしければ馬で領内をご案内致します」
「それは良い。外に出るのも悪くないな」
(外ならまだ気が楽だ)
ルードは即決した。
⸻
丘の上
城下町を見下ろす高台。
夏の風が草を揺らし、遠くから子どもの笑い声がかすかに届く。
皇太子はゆったりと景色を眺めた。
「……見晴らしが良い。整っている」
「お褒めいただき光栄です」
「ルード、ユアン嬢は……」
皇太子が前を見たまま口を開いた。
ルードは身構える。
「……元気だな」
「……は?」
皇太子はわずかに笑う。
(それだけか?!)
数拍遅れて理解が追いつく。
(今!? さっきの答え今か!?)
「……つまり、もう少し落ち着いた令嬢が良いと……」
「ルード」
皇太子は穏やかに呼びかけた。
「そう評するものではないよ」
「……失礼いたしました」
(じゃあ何だ?)
再び沈黙。
丘の上を風が抜ける。
やがて、皇太子の視線が空へ向いた。
「……この平和が、永遠に続けば良いな」
「!?」
護衛騎士たちの背筋が同時に伸びる。
(戦か!?)
(前触れか!?)
(外交問題か!?)
ルードがわずかに身を乗り出す。
「何か……ございましたか?」
皇太子が振り返った。
「……どうしたのかな。誰も笑わないね?」
「……は?」
「ラミアが似たような事を言っているだろう?
あの時は皆、笑っていたな」
「今の言い方ですと、今後何か起こるのではと邪推いたします」
「そう聞こえるか」
「……皇太子殿下が言うと、どんな言葉でも国家規模に聞こえます」
皇太子はしばらくルードを見つめた。
「君は本当に顔に出るな」
「……光栄です」
光栄ではない。
皇太子は小さく息を吐く。
「今日はこれで良しとしようか」
「何がですか?」
「ラミアの真似だ。少し、試してみようと思ってね」
「……もう少し軽い題材でお願い致します」
「……参考にしよう」
――絶対に軽くならない顔だった。
皇太子とルードが馬で外出したと聞いたキドは、ようやくラミア達の遊戯に加わることができた。
「俺だ! 俺、上がりです!」
勢いよく札を叩きつけるようにして、声を上げた。
「ふふ、キド様、楽しそう」
ラミアが口元に手を添え、くすりと笑った。
ロエルは手元の札を整えたまま、呆れた目でその様子を眺めていた。
「やったぁぁぁ! ひゃっほーーー!!」
椅子から半ば立ち上がり、両手を突き上げる。
勝者の歓喜は遠慮がない。
キドはラミア達に混じり、誰よりも無邪気に喜んでいた。
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