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天然皇女と公爵家の問題児たち  作者: angelcaido
6章 The Trigger
72/76

第72話 少し立ち寄っただけなのだが、

夏の庭園。

穏やかな紅茶の時間と、穏やかではない公爵家。

緑が青々と茂り、虫が音色を奏ではじめた夏の庭園。

入道雲がゆっくりと空を流れ、風はない。


だが、ガゼボの中だけは木陰に守られ、涼やかな空気が保たれていた。


ラミアはそこで優雅に紅茶を口にしている。


背後には、なぜか落ち着かない様子の女官たち。


頬が妙に赤い。


視線が泳いでいる。


ささやき声。


「……やはり本物」

「お近くで拝見すると……」

「お綺麗……」


明らかに様子がおかしい。



その頃。


騎士団の業務を終え、身体を清めたキドは渡り廊下を歩いていた。


鎧を脱ぎ、軽装に替えたとはいえ、肩にはまだ疲労が残る。


庭園に目を向け、深く息を吸う。


草花の香り。


……と、その瞬間。


「ん?」


ガゼボに、人影が見えた。


ラミアの向かい。


見慣れない。


「誰だ?」


歩みを速める。


(ユアン嬢……ではない。そもそもドレスじゃない)

(ルード様は執務中)

(ロエル様……いや、あの背筋は違う)


近づき、顔を視認した瞬間。


「……っ!!」


キドは止まった。


時間が止まった。


脳が拒否した。


「……何故、ここに……?」


そして次の瞬間。


踵を返して全力疾走。



執務室



「ルード様!!」


勢いよく扉が開く。


「何だ!? 敵襲か!?」


「そ、そ、そんなことより早く!!」


「敵襲より重大なのか!?」


「はい!!」


腕を引かれ、ルードは半ば引きずられる形で庭園へ。



ガゼボ。


ルードの足が止まる。


「……皇太子殿下」


そこにいたのは、艶やかな黒髪を持つ、涼しげな面差しの青年。


皇太子フラン。


優雅に紅茶を傾けている。


「やぁ、ルード。少し場所を借りているよ」


軽い。

……軽すぎる。


「……いつから、こちらに?」


「そうだな――小一時間、といったところかな」


「小一時間!?」


キドが小声で叫ぶ。


ラミアがぱっと振り向く。


「ルードお兄様、先ほどフランお兄様が突然いらして」


にこにこしている。

幸せそうな笑みだった。



「お兄様が二人揃うと、前にお名前を付けないとわかりませんね」


ふふ、と笑う。


その無邪気さに対し、ルードとキドの顔色は悪化。


「……何故、こちらに」


ルードが慎重に問う。


皇太子は涼しい顔で答える。


「隣国からの帰途でね。少し寄らせてもらったよ」


ルードが慎重に言う。


「……ご不便ではありませんか?」


皇太子が微笑む。


「迷惑、だったかな?」


ルード、即座に。


「いえ光栄です」

(迷惑です)


心の声が滲む。


「それは良かった。少し時間ができてね」


嫌な予感がした。


「――せっかくだ。しばらく滞在させてもらおうか」


「……は?」


「まぁ!」


ラミア、純粋に喜ぶ。


キド、遠い目。


ルード、静かに絶望。



「ところで」


ルードが視線をずらす。


「お前はそこで何をしている、ロエル」


そこには。


当たり前のように座っているロエル。


満面の笑み。


距離が、近い。


近すぎる。


「お誘いいただいただけですよ」


爽やか。


爽やかすぎる。


皇太子が軽く肩をすくめる。


「私が声をかけたんだ。正門のところで見かけてね」


「……報告は?」


キドの声が低い。


ロエルはにこり。


「お茶が先だった」


(後で説教ですよ!)


キド、心の中で決定。



それにしても。


ロエルは妙に機嫌が良い。


皇太子の話に素直に笑い、自然に相槌を打つ。


距離が、近い。


「……」


ルードの眉間に皺。


キド、小声。


「態度、違いませんか」


「違うな」


第二皇子がいたら暴れている。


そのレベルで違う。



皇太子がふと首を傾ける。


「君、面白いな」


「殿下も」


ロエル、即答。


「何がかな?」


「雰囲気が似ている」


「誰に?」


「ラミアに」


沈黙。


キド、凍る。


ルード、心臓が止まりかける。


皇太子は一瞬だけ目を細め、そして笑った。


「……それは、悪くない例えだな」


「ですよね」


普通に会話が成立している。


(何故だ)



皇太子が立ち上がる。


「さて、客室はどちらになるのかな?」


(今決まったばかりですよね!?)


ルードの理性が悲鳴を上げる。


「……すぐに準備いたします。キド」


「……はい」


キドの背中が丸い。


完全に敗北した人の背中だった。



ガゼボに残る三人。


楽しそうに話すラミア。


柔らかく応じる皇太子。


そして。


その二人を満面の笑みで見つめるロエル。


完全に懐いている。


「……何故だ」


ルードはひとり、低く呟いた。


夏の庭園は、やけに穏やかだった。


だが公爵家の平穏は、確実に崩れ始めている。


お読みいただきありがとうございます。

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