第71話 The Day After ― まだちょっと変 ―
距離は戻った。
――なぜか。
翌朝。
訓練場には、すでに整列が完了していた。
――完了しすぎていた。
「本日もよろしくお願いいたします!!」
やたらと通る声が響く。
声が大きい。
姿勢が良すぎる。
直立不動すぎて、むしろ動きづらそうだった。
距離も妙に遠い。
(……遠くないか?)
キドは一歩近づく。
その瞬間、さっと全員が半歩下がった。
(下がったな、今)
「本日の訓練内容ですが――」
説明しようとすると、全員が真剣な顔で頷く。
頷きすぎて首が忙しい。
誰も質問しない。
先日まであれだけ飛んできていた確認もない。
静かだ。
静かすぎる。
(……やりづらい)
キドは思わず近くにいた騎士の肩に、ぽんと手を置いた。
「……体調は問題ありませんか」
「!!?」
その騎士が跳ねた。
本当に跳ねた。
「い、いえ、その、あの、問題ありません!!」
声がやたら大きい。
(なんでそんなに緊張してるんだ……)
周囲の皇室騎士たちもなぜか一斉に緊張した。
空気が固い。
無駄に固い。
キドは眉間を押さえた。
「……あのですね」
誰も何も聞いていないのに、口が動いた。
「あの時は、ああいう状況だったからです。
普段はあそこまで言いません」
沈黙。
誰も触れていない話題を、自分から説明してしまった。
(何を言ってるんだ俺は)
皇室騎士たちは一瞬ぽかんとし、
それから、目に見えて力を抜いた。
「あ、はい……!」
「そうですよね……!」
「安心しました……」
安心された。
なぜか団長が弁明した形になった。
(違う、そうじゃない)
そのとき。
横から、妙に軽い声が落ちてきた。
「でもまたやるぞ、あいつ」
振り向かなくても分かる。
ロエルだった。
「やりません」
即答した。
「怒ると手が付けられなくてさ」
ロエルは面白そうに笑っている。
「そんな事なかったでしょう!」
思わず声が強くなる。
公爵家騎士たちはくすくす笑っていた。
完全にいつもの空気だ。
皇室騎士たちだけが戸惑っている。
(どっちなんだ……)
そんな顔をしていた。
⸻
少し離れた場所では、セディが記録板に視線を落としていた。
「本日の行程、問題ありません」
「補給記録は後ほど提出します」
声音も態度も、いつも通りだった。
業務としては、完璧に通常運転。
ただ――
目が合わない。
キドがそちらを見る。
だがセディは顔を上げない。
視線は書類のまま。
姿勢も変えない。
避けているわけではない。
だが、合わせる気もない。
「……」
声をかける理由が見つからず、キドはそのまま視線を戻した。
(……そうか)
妙なことに気づく。
(睨むときは、わざわざ見上げてきてたんだな……)
身長差の分、少し顎を上げて。
真正面から。
(……いや)
(ありがとう、じゃないな)
(有り難くなかった!!)
内心でひとり突っ込む。
だが、今は違う。
目が合わない。
(睨まれるのと、目が合わないの、どっちがマシなんだ……)
答えは出なかった。
⸻
訓練終了後。
第二皇子が機嫌よく言った。
「今度は俺達が公爵家騎士団の方に行くぞ!」
キド、固まる。
(やめてください)
「また山揺れるぞ」
「揺れません」
公爵騎士、吹き出す。
皇室騎士は笑えなかった。
(どっちだ……)
帰還の準備が進む。
隊列が整い、装備の音が静かに重なる。
大きな衝突があったはずなのに、
終わりは妙にあっさりしていた。
セディは最後まで、こちらを見なかった。
だが、歩調も指示も、寸分違わない。
それで十分だと、
誰もが分かっていた。
キドは小さく息を吐く。
(……まあ、いいか)
完全に元通りではない。
だが、壊れたわけでもない。
それだけ確認できれば、今は十分だった。
「出発する」
号令がかかる。
隊列が動き出す。
今度は、昨日ほど固くない足音が、
山道へと続いていった。
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