表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然皇女と公爵家の問題児たち  作者: angelcaido
5章 Surviving Knight
69/74

第69話 Different Orders - キドゲキド -

強さを求めるか。

守ることを選ぶか。

その違いは、ほんの一歩で分かれる。

翌朝。


空はよく晴れていた。

雲ひとつない――見事すぎる青空だった。


初夏の陽射しは、まだ朝だというのに遠慮がない。


「……暑くないか?」


列の後方で、誰かがぼそっと言った。


「まだ初夏ですよね?」

「初夏だな。誰だ“爽やかな季節”とか言ったやつ」

「これ普通に暑いだろ……」


背嚢を担いだ瞬間、別の騎士が呻いた。


「重っ……!」

「何入ってるんだこれ」

「砂嚢だそうだ」

「聞きたくなかった」


小さな笑いが起きる。


公爵家の騎士が肩紐を引き直しながらぼやいた。


「山って、登る必要あります?」

「平地でよくないですか?」

「むしろ日陰でやりましょうよ……訓練ってそういう配慮ありません?」


「あるぞ」


前方から返ってきた声に、全員がぴたりと止まる。


振り返らずに立っている背中――キドだった。


「配慮した結果が、この重量だ」


容赦がない。


「行軍中の発汗量、疲労、装備負荷。

 全部まとめて体に覚えさせる」


一拍置く。


「戦場に“今日は暑いから軽め”はない」


誰も反論できない。


「準備完了次第、出発する」


それだけ告げて歩き出す。


騎士たちは顔を見合わせ、小さくため息を吐きながら列を整えた。



登り始めて三十分。


斜面は緩いが、確実に体力を削ってくる。


土は乾ききっておらず、踏み込むたびに靴底を取られる。

陽射しは上から容赦なく照りつけ、背中の熱が逃げない。


「……これ地味にキツいな」

「黙って歩け、口開けると余計疲れる」


息遣いが徐々に荒くなり、会話が減っていく。

その中で――列の中ほどの歩調が、わずかに乱れた。


装備の揺れが不自然に大きい。

革具が擦れる音が、他よりも遅れて響く。


見ていれば分かる程度の、ほんの小さな崩れ。


だが、行軍の列の中ではそれが異物のように浮いた。


前を歩いていた足音が止まる。


砂を踏む音が向きを変え、まっすぐ戻ってくる。


キドだった。


視線は対象から一度も外れていない。


「背嚢を外せ」


低い声だったが、列の数人が思わず顔を上げた。


女性騎士が息を整えながら顔を上げる。

額の汗が顎先に落ちる。


「……まだ、行けます」


声は震えていない。


だが呼吸が浅い。


その瞬間、横から静かな声が差し込んだ。


「続行可能です」


空気がわずかに張る。


セディが一歩前に出ていた。


「本人が継続の意思を示しています」


キドはゆっくり視線を向ける。


「意思は確認していません」 


「限界を見極めるのも訓練です」


即答だった。


周囲の騎士たちが無意識に歩みを止める。

誰も声を出さない。


「ここで止めれば、次も同じところで止まります」


風が抜ける。


草が擦れる音だけがやけに大きく聞こえた。


「無理を越えさせる経験が必要です」


「違います」


キドは女性騎士の背嚢に手を添え、揺れを止める。


「体幹が崩れている。踏み込みも浅い。

 このまま続ければ膝を壊します」


指先で触れただけで、芯が抜けているのが分かった。


女性騎士から視線を外し、セディを見る。


「壊れたら終わりです」


セディの表情が、ほんのわずか硬くなる。


「それでは選別になりません」


「これは選別ではありません」


声が一段低くなる。


「隊の運用です」


沈黙が落ちた。


遠くで鳥の声がした。


「……訓練とは、淘汰でもあります」


セディは退かない。


「戦場はもっと過酷です」


「ここで退かせてどうするのです!」



次の瞬間――



「いい加減にしろ!!」


怒声が山に跳ね返った。


木々の間に反響が走る。

鳥が一斉に飛び立つ。


列の騎士たちの背が反射的に伸びた。


女性騎士が息を呑む。


「戦場が過酷だから止めるんだ!」


土を強く踏み鳴らす。


乾いた土が靴底で砕ける音がした。


「崩れてる兵を押し出して何になる!」


セディが言葉を返そうとする。


「限界を――」


「限界は分かってる!」


遮った。


「分かってないのはお前だ!」


空気が凍る。


「膝をやれば次は戦場に立てない!

 足を潰せば一生だ!」


一歩、踏み出す。


怒鳴っているのに、声は妙に冷えていた。


「強くする? 選別?」


視線を逸らさない。


「それは指揮じゃない」


「使い捨てだ」


セディの顎が強張る。


「……言い過ぎです」


低い反論だった。


だがキドは止まらない。


「言い過ぎ?」


息を吐く。


「減らしてみろ」


「一人欠けた瞬間に隊列が死ぬ!」


周囲の誰も動けない。


「穴が空いた場所を埋めるのは誰だ!」


一瞬の間。


「お前か!? 俺か!?」


返事はない。


風の音だけが通り抜ける。


キドは吐き出すように言った。


「……減らさない」


怒鳴りではない。


「一人も欠かさない」


女性騎士へ向き直る。


「装備を外せ」


逆らえる声音ではなかった。


女性騎士が震える手で背嚢を下ろす。

地面に落ちる鈍い音が、やけに響いた。


沈黙。


セディは動かない。


言葉を探すように唇がわずかに動く。


だが出ない。


握った拳が白くなる。


視線が、ほんの一瞬だけ逸れた。


やがて――


「……行軍再開」


それ以上は言わなかった。


キドは答えない。


背を向け、歩き出す。


列が続く。


誰も逆らわない。


山の空気だけが、まだわずかに震えていた。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ