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天然皇女と3MENたち  作者: angelcaido
5章 Surviving Knight
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第65話 Save Point

愚痴大会、開幕。

――合同訓練、二日目の夜。


 夕食後、公爵家騎士団の面々は早々に酒と愚痴へと流れていた。


 長い食卓には酒瓶が転がり、皿もそのままだ。

 油の匂いに酒が混じり、次第にその匂いの方が強くなっていく。


「皇室基準って何だよ……」

「剣の角度三度って何だ三度って……」

「三度って言われても、どこ基準の三度だよ……」


 机を囲んで各々が好き勝手に文句を垂れている。

 昼間の張り詰めた空気はどこへやら、完全にいつもの公爵家騎士団だった。


「それより団長!聞いてくださいよ!」


 一人が身を乗り出すと、他の団員たちも一斉にキドへ詰め寄った。


「第二皇子が“精神統一だ”とか言い出して!」


「命綱代わりに足首へ縄巻かれて、川底めがけて飛び込まされたんですよ!!」


「悲鳴あげたら、あげなくなるまでやり直しって!!」


「……」


 キドの顔が、すっと青くなる。


(俺……団長になって本当に良かった……)


 心の底からそう思った。


「面白かったよな、あれ」


 横でロエルがけらけら笑う。


「面白くない!!」


 団員たちの声が見事に揃った。


「……ロエル様は悲鳴あげなかったんですか?」


 恐る恐るキドが尋ねる。


「ロエル様、終始笑ってるから“やり直し”させられてました」


「第二皇子も最後は呆れて、

 『もうお前にはやらせない』って……」


「もっとやりたかったなぁ」


 ロエルが本気で残念そうに呟く。


「……」


 騎士たちは揃って遠い目をした。


(この人、やっぱりおかしい)


 キドが思わず吹き出した。


 その一笑で場の緊張が崩れ、

酒と愚痴と諦めが入り混じった、いつもの空気が戻ってきた。


 キドも、ようやく肩の力を抜いた。


 ――その時だった。


 カン、と。


 乾いた音が、夜気の向こうから微かに響いた。


 規則正しい、木剣の音。


 キドは顔を上げる。


 開け放たれた窓の向こう、

訓練場の端――灯りの届かない場所で、

誰かが一人、打ち込みを続けていた。


 止まらない。

 休まない。


 確認するように、

同じ軌道を、何度も、何度もなぞっている。


 公爵家の騎士ではない。

 動きが違う。


 昼間に見た、皇室騎士団の“整いすぎた動き”とも違った。


 もっと個人的で、

 もっと削るような打ち込みだった。


 踏み込みの音が、わずかに重い。


(……疲れているな)


 キドはそう思ったが、声はかけなかった。


 少しだけ眺めて、

 それ以上は近づかない。


「……真面目な奴もいるんだな」


 誰に言うでもなく、小さく呟く。


「無理するなよ」


 相手には届かない距離で。


 そして、視線を切るように踵を返した。


「団長、どうしました?」


「いや、何でもない」


 問いかけに軽く手を振り、

騒がしい輪の中へ戻っていく。


 背後では――


カン。

カン。

カン。


 同じ音が、変わらず夜に溶けていた。


「団長!酒足りませんよ!」


「まだ飲むのかお前たちは!」


「今日くらいはいいでしょう!精神統一されたんで!」


「それは統一じゃなくて削られたんだ!!」


「結果的に静かにはなっただろ!」

「魂が抜けただけだ!!」


 笑いと文句が入り混じる。


 誰かが酒を継ぎ足し、

誰かが椅子を引きずり、

誰かがそのまま床に座り込んだ。


 皇室騎士団の整然とした空気とはまるで違う、

いつもの――公爵家騎士団の雑な円陣だった。


「……まぁ、生きて帰って来れただけ良しとしましょう」


「間違って縄が切れたら、俺たち川の底でしたよ」


「それは否定できん……」


 キドは苦笑しながら杯を受け取る。


「お前たち、大げさだ」


「大げさじゃありません!」 


「本気で遺書の書き出し考えましたからね!」


 どっと笑いが起きる。


 その騒ぎを眺めながら、

キドはようやく――本当に一息ついた。


 昼間の張り詰めた空気も、

セディの視線も、

規律だの基準だのという言葉も、


今は少し遠い。


 だが。


 カン。


 また一つ、

夜の向こうで木剣の音が鳴った。


 キドは杯を口に運びながら、

ほんの一瞬だけ目を細める。


 そして何も言わず、

もう一度騒がしい輪の中へ視線を戻した。



 その喧騒と――

遠くで続く、規則正しい打ち込みの音だけが、

夜の訓練場に並んで響いていた。


お読みいただきありがとうございます。

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