第63話 Imperial Mode
規律の中で、ただ一人。
ロエルだけが、別の動きをしていた。
訓練場に号令が響いた。
「――整列!」
足音が一度だけ鳴り、止まる。
それで終わりだった。
全員が、同時に、同じ姿勢で静止している。
公爵家騎士団が小声でざわつく。
「……今の合図あったか?」
「呼吸しか聞こえなかったぞ」
キドは無意識に背筋を伸ばした。
(空気が違う……)
⸻
「本日より数日間、合同訓練を行います」
副団長セディの声は低く、無駄がない。
「規律・連携・即応。
すべて皇室基準で実施します」
(皇室基準って何だ)
(付いていける気がしない)
キドの胃が、早くも嫌な予感を訴え始めた。
⸻
「まず装備確認」
団員が次々と公爵家騎士の前に立つ。
ロエルの前にも、一人が立った。
「剣の装着位置が規定より二センチ低い」
「そうか」
直す。
「顎を引いてください」
直す。
「視線は正面」
直す。
「重心が前に寄っています」
直す。
公爵家騎士団は戸惑いながらも従っていた。
――だが。
ロエルだけ、やけに早い。
セディが、わずかに黙る。
指摘が終わる前に、修正が終わっていた。
「次」
「終わってる」
「次」
「それも直した」
指摘する側が、わずかに黙る。
「他にもあるか?」
ロエルが普通に聞いた。
「……特にありません」
キドが目を瞬いた。
(なんでロエル様が一番優等生なんだ……)
数分後。
「では次に模擬戦闘――」
「質問いいか?」
ロエルが手を挙げた。
セディの眉がぴくりと動く。
「……規定内であれば」
「規定通りなら何してもいいんだな?」
「当然です。規律に従う限り」
その十分後。
「……何をしているのですか」
セディの声が低くなった。
ロエルは木陰に座っていた。
「待機だが?」
「訓練中です」
「待機位置から動くなと言いました」
「動いてないぞ」
「……」
確かに動いていない。
「日陰に入っていいとは言っていません」
「禁止とも言われてないな」
「……」
「水分補給も許可していません」
「体調管理は各自の責任だろ?」
「……」
「なぜ椅子があるのですか」
「持参した」
「持参を許可した覚えはありません」
「禁止事項にも書いてなかった」
キドが頭を抱えた。
(始まった……)
⸻
周囲の皇室騎士団員がざわつく。
「規定違反ではないのか……?」
「しかし……」
判断が揺らぐ。
セディの視線がロエルに据えられる。
「……訓練の趣旨を理解していますか」
「してるぞ」
ロエルはにこやかに答えた。
「“規定を守れ”だろ?」
沈黙。
第二皇子が吹き出した。
「ハハ……なるほどな」
「感心してる場合ですか!!」
キドが叫ぶ。
セディは深く息を吐いた。
その声音から、わずかに苛立ちが滲む。
「……規定を追加します」
「そう来ると思った」
ロエルが立ち上がる。
⸻
「――本訓練において、
解釈による逸脱を禁止します」
一語一語、噛み締めるように告げた。
明らかに、対象は一人だった。
「――では、模擬戦を行います」
セディが静かに告げる。
「相手は?」
ロエルが木剣を軽く回した。
「私が務めます」
一瞬、周囲が息を呑む。
副団長自らだった。
セディが構える。
「その根性――叩き直して差し上げます」
「え?」
ロエルはきょとんと首を傾げた。
「俺、曲がってないと思うけど」
セディは一瞬だけ言葉を失い、
小さく息を吐いた。
「……行きます」
⸻
踏み込みは速かった。
真っ直ぐ。
迷いがない。
理想的な軌道。
だが――
ロエルは下がらない。
かわす。
受ける。
流す。
最小限の動きだけで、すべてを外していく。
二合。
三合。
五合。
打ち込むほどに、ズレが生まれる。
正確すぎる動きが、
読まれ始めていた。
手応えが、ない。
受けている感触だけが残り、捉えた実感がまるでない。
次の瞬間。
ロエルの剣先が、
セディの喉元で止まる。
静止。
音が消えた。
――皇室騎士団の空気が、凍り付く。
誰一人、声を出さない。
ただ、目だけがわずかに見開かれていた。
(速い……)
(今、何をされた?)
(副団長が、止められた……?)
息を呑む音だけが、遅れて広がった。
ロエルは笑わない。
ただ、軽く肩をすくめただけだった。
セディの奥歯が、わずかに鳴る。
「……もう一度」
「いや、時間だろ?」
ロエルはあっさり木剣を下ろし、
にっこり笑う。
「俺の根性、直してくれてありがとう」
セディのこめかみが、ぴくりと動いた。
その空気をぶち壊したのは――
第二皇子だった。
「おい!!」
ずかずか歩み寄ってくる。
「お前、俺の時と全然違ぇじゃねーか!!」
「そうでしたっけ?」
ロエルは少し考える素振りをする。
「そうだよ!!」
周囲の皇室騎士団が、そっと視線を逸らした。
第二皇子はそのまま振り返る。
「公爵家騎士団は俺が鍛える! ついて来い!」
「えっ」
「今からですか!?」
「ロエル! お前もだぞ! 今度は逃がさねぇ!」
「逃げた覚えはないですけどねー」
ハハハ、と気楽に笑う。
公爵家騎士団は、そのまま半ば引きずられるように連行されていった。
騒がしさと、深いため息だけを残して。
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