第62話 WELCOME!
規律は完璧。
空気は最悪。
キドの胃だけが壊れていく。
「お前ら、案内してやれ。
しばらく俺は口出さねぇから」
第二皇子が、珍しく引いた。
皇室騎士団員たちは――
一瞬だけ顔を見合わせ、
徐々に目に光を取り戻した。
――「殿下が黙っているうちに終わらせろ」と全員が悟った。
そして、公爵家騎士団員たちの案内を始めた。
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整然と並ぶ武具棚。
何もかもが揃っている。
「……すげぇ」
「鞘の向き、柄の紋章、全部同じ角度じゃねぇか」
一人が気付いた。
「待て……揃いすぎてる」
公爵家騎士団員たちは、ただ黙って立ち尽くした。
⸻
「もっと綺麗に並べてください」
「す、すみません!」
震える手で剣を動かす。
わずかに直す。
だが――
「そんな杜撰な管理をしているのですか?公爵家騎士団は?」
「すみません……」
一人、また一人と縮んでいく。
「これ、3度ずれてます」
「……え?」
「ですから、3度です」
沈黙。
「直せます?」
「無理です」
「……そうですか」
さらに沈黙が落ちる。
皇室騎士団流の整理整頓術が、まったく理解できなかった。
公爵家騎士団員たちは、
皇室騎士団と分かり合える気がしなかった。
⸻
その様子を見ていたキドが苦笑する。
「ロエル様もここにいれば矯正されそうですよね」
「え?死んだ魚の目をしろって?」
「違いますよ!」
「……それは我々が死んだ魚の目をしていると?」
⸻
振り向いた時には、もう居た。
皇室騎士団副団長セディだった。
足音は、なかった。
(いつから!?)
⸻
キドは飛び上がりそうになるのを必死で抑える。
「セディ卿。この度は突然の訪問になり面倒をかけます」
一度、意識して背筋を伸ばした。
――騎士団長としての顔を作る。
「団長の強引さに振り回されたのでしょう。
止められなかった私の不徳です」
「い、いえ!セディ卿のせいではありません」
声がわずかに裏返る。
作ったはずの落ち着きが、一瞬で剥がれた。
(無理だろう、これ……)
胃の奥が、きゅ、と痛んだ。
セディの視線がロエルで止まった。
「……何故、高位貴族がこちらに?」
「今は公爵家騎士団所属だ。よろしく」
ほんのわずかに眉が動く。
本当に、わずかに。
「高位貴族は社交でも楽しんでいれば良いのでは?」
空気が張り詰めた。
キドは無意識に腹を押さえる。
ロエルは笑顔のまま。
「では、共に社交に参りますか?
子爵家令嬢」
(どうしてこの人は火に油を注ぐ発言するかな)
「……今は騎士です」
「俺も今は騎士だが?」
「高位貴族の遊びに付き合う暇はありません」
「じゃあ、皇室騎士団相手に存分に遊ばせてもらおうか」
一瞬の沈黙。
「でしたらお帰り願います」
即答だった。
一歩も引かない。
キドはもう驚かなかった。
(ああ、また始まった……)
そして次の瞬間、胃が死んだ。
(ああもう絶対相性悪いこの二人……)
「お、落ち着いて下さい!今は合同訓練で――」
「騎士団長殿、情けなくはありませんか。
そのように狼狽なさって」
「……すみません」
つい謝ってしまった。
「くれぐれも規律を乱さぬように」
去り際まで背筋が完璧だった。
⸻
「……お知り合いですか?」
「昔、ドレス着て社交にいたのを思い出しただけだ」
「俺、初対面から睨まれましたよ。何なんですかね?」
「拗らせてるんじゃね?」
「聞こえています」
背後から声がした。
セディがいつ戻ってきたのか、誰も分からなかった。
ロエルは焦るどころか笑っていた。
キドは、頭まで痛くなってきた。
さらにその後ろ。
第二皇子が腕を組んで立っていた。
ずっと見ていたらしい。
楽しそうに。
「副団長、やるなぁ」
「ユアン嬢に勝てるか?」
キドが固まる。
「……?」
セディは首を傾げた。
「お強い方なのですか?」
「ああ」
「それは是非とも一局交えたいですね」
静かな闘志が灯る。
完全にやる気だった。
「お、いいな。今度やれよ」
第二皇子が笑う。
完全に他人事だった。
「……教えて差し上げた方が良いのでは?」
キドが小声で言う。
ロエルは肩をすくめて笑った。
「面白そうじゃん」
(第二皇子が一番規律壊してるんだよな……)
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