第57話 ROUND 1
第二皇子による実戦訓練。
ただし、想定していた形にはなりませんでした。
騎士団訓練場は静まり返っていた。
――ただ、一人の笑い声を除いて。
「さぁ、さっさと始めようぜ」
「誰から来る?
不敬とか気にしねぇから本気で来いよ」
(気にしてください!!)
誰も声には出さなかった。
「あ、手抜いたらそれはそれで不敬な」
(どっちなんだよ!!)
「まず肩慣らしだな。上級騎士からでいいか?」
上級騎士達が
処刑台に向かう顔になった。
「あぁ、それは良い」
ルードが即答した。
「お前達、お相手して差し上げろ」
(押し付けた!?)
「ルード様が仰せだ。前に出ろ!」
キドも続いた。
(共犯!!)
⸻
上級騎士が木剣を構え――
次の瞬間、宙を舞っていた。
何が起きたのか、誰も分からない。
着地音だけがやけに響いた。
訓練場の砂が、ぱらぱらと遅れて落ちてくる。
騎士達は全員、同じ顔をした。
(今の見えた奴いる?)
(いない)
(よし、安心した)
「……肩慣らしにもならねぇな」
キドの顔色が消えた。
「何なんですかあの人!!
本当に皇子ですか!?」
「キド!本人がいるぞ!」
ルードが小声で止める。
「第二皇子は武器を気にしない。
武器とは避ける物じゃなく――」
「無視してますよね」
キドが遠い目で続けた。
「…理解しなくていい」
ルードも遠い目だった。
⸻
第二皇子がきょろっと周囲を見渡す。
「次どうするかな」
まるで稽古の続きでも探すような口調で――
楽しそうに言った。
「ロエル、来いよ」
空気が凍った。
騎士達の心の声が揃う。
(なんで一番触っちゃいけないところ行くんだ)
(そこは触れるなって顔してただろ今)
ロエルは一瞬だけ目を細め、
すぐにいつもの笑顔を貼り付けた。
「第二皇子殿下。俺は下っ端ですよ」
「戦闘の場に立つ役目でもありませんし」
騎士達がざわつく。
(上級騎士を基本の型だけで倒し…)
(史上最短で中級騎士にもなった)
(下っ端って何だ)
キドが小声で補足した。
「本人はそういうことにしておきたいらしいですね」
「余計なこと言うな」
⸻
第二皇子が、あっさり言った。
「おいおい、俺が気付かないと思ったか?」
その一言で、
訓練場の温度が数度下がった気がした。
「不穏分子の本拠地で首謀者が縛られて転がってたの、
あれお前だろ?」
沈黙。
ものすごく居心地の悪い沈黙。
風の音だけがやけに聞こえた。
第二皇子は悪びれもせず続ける。
「侯爵家出たんなら、もう隠さなくてもいいだろ?」
にやっと笑った。
「ここはお互い、本気で楽しもうぜ」
その言葉を聞いた瞬間。
騎士団全員の心が一致した。
(この人、“楽しむ”って言ったぞ)
(嫌な予感しかしない)
ルードは深く息を吐いた。
キドは胃を押さえた。
そして誰よりも空気を読まない声が響く。
「上がって来い、ロエル」
ロエルが、ゆっくりと立会台へ上がった。
「俺は素手だが、お前はどうする?」
第二皇子が肩を鳴らす。
「俺もそれで」
騎士達がざわついた。
「え、ロエル様が武器持たないの初めてでは……」
「剣抜かないのか……?」
キドも思わず呟く。
「……珍しいですね」
ルードは腕を組んだまま、小さく息を吐いた。
「……ロエル、戦う気がないかもしれん」
「え?
適当に終わらせるつもりですか?
それ不敬とか言われません?」
キドの胃がすでに痛い。
「……俺達は関係ない。そうだな?」
ルードはキドに向き直り、妙に力強く言った。
「はい!関係ありません!」
キドも全力で同意した。
(関わると、ろくなことにならない)
⸻
「……行くぞ」
第二皇子が踏み込む。
速い。
その瞬間。
パシッ。
ロエルは軽く手で払っただけだった。
「……?」
「いやぁ、今の危なかったです」
にこやかに笑う。
(全然危なくない)
全員が思った。
二撃目。
今度は掴みに来る。
ロエルは半歩ずれるだけ。
掴めない。
「……あの」
三撃目をかわしながら、ロエルが言う。
「ですから俺、下っ端なんですよ」
ハハハ、と困ったように笑った。
(下っ端が出来る動きじゃない!!)
騎士団の心の声が揃った。
足払い。
ロエルは軽く跳ねて避ける。
着地も静か。
反撃なし。
まるで散歩。
「本当に、俺にはただただ荷が重い役目です」
また笑う。
息一つ乱れていない。
(荷が重いのはこっちだ)
キドは胃を押さえた。
第二皇子が目を細める。
「……お前、やる気ねぇな?」
「俺、平和主義なんです」
即答だった。
(平和から一番遠い)
キドも騎士達も同時に思った。
さらに踏み込む第二皇子。
速度が上がる。
だがロエルは、
払う。
ずらす。
避ける。
それだけ。
本当にそれだけ。
一度も攻撃しない。
(これ戦闘じゃなくて“対応”だ)
(業務処理だ。俺の知ってる騎士じゃない)
「……つまらん」
第二皇子が止まった。
「倒す気ゼロだろ」
「ですから俺、人を怪我させるのも、させられるのも苦手なんです」
困ったように答える。
(どの口が言うんだ)
キドは天を仰いだ。
「だったら騎士団に入るなよ!!」
第二皇子のツッコミが一番まともだった。
しばらく睨み合い――
第二皇子が、ふっと笑った。
「あー、もういい」
肩を回す。
「捕まらねぇ奴とやっても面白くねぇ」
ロエルが一礼する。
「ご理解いただき、助かります」
本当に助かった顔だった。
⸻
騎士団全員が安堵した。
空気が一斉に緩む。
キドは額を押さえる。
「……なんだったんですか今の」
ルードは短く言った。
「……そういうことだ」
「どういうことですか」
⸻
少し離れたところで、
若い騎士が呟いた。
「……今の、訓練記録どう書けばいいんだ?」
「書くな!!」
「しかし…」
レフがにやっと笑った。
「次、お前やるか?」
「書きません!!」
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