第50話 そうだ、温泉、行こう。
公爵家・執務室。
ここは本来、重要な報告と判断が下される場所だ。
だが最近――
報告の内容が、だいたいろくでもない。
しかも、その原因はすべて身内である。
執務室
ルードは、机に肘をついたまま頭を抱えていた。
書類は山積みのまま、一枚も進んでいない。
「……ラミアの二度目の帝国博物館への外遊は、無事終わったと報告していなかったか?」
低く、疲労の滲んだ声だった。
「……はい、殿下は、です」
キドは視線を逸らした。
「実は――第二王子が暴走し、彫像を倒して割ってしまったんです」
沈黙。
「……何故報告しなかった?」
ルードは目を閉じたまま問う。
「関係ないと思ったんです!
第二王子殿下が勝手に破壊しただけだと!」
「……その破壊した彫像が国宝らしくてな」
ルードは静かに言った。
「第二王子、皇室騎士団はもちろんの事――我が公爵家騎士団も責任を追及されている」
「えっ……」
キドの顔色が変わる。
「はぁ……」
ルードは深く息を吐いた。
「……で?
ロエルの報告に来たのでは無かったか?」
「はい」
キドは、明らかに言いづらそうに口を開く。
「……ロエル様が武器庫の火薬を勝手に調合して、その威力を試そうと……」
「……どうなった?」
ルードは額に手を当てたまま言った。
「……地面が抉れました」
「規模は」
「……訓練場の、半分ほどです」
沈黙。
「……で?」
「地下水脈に当たったらしく」
「……ああ」
「温かい水が、ものすごい勢いで噴き出しております」
再び沈黙。
ルードはゆっくり顔を上げた。
「……つまり?」
キドは目を逸らした。
「……温泉になりました」
⸻
コン、コン。
執務室の扉がノックされる。
ユアンが優雅に入室する。
「失礼いたしますわ。本日も無事皇女殿下の――」
しかし。
室内の空気が妙だった。
「やはり、6発!6発殴らせてください!」
キドが拳を構えたままロエルを睨んでいる。
「あれ?5発じゃなかった?
でもキド殴らないって言ってたし、もう時効だろ?」
ロエルは楽しそうに笑っていた。
「良かったじゃん。
近くの保養地、名産もなくて廃れてたんだろ?」
「ですが!」
キドが叫ぶ。
「吹き出した温泉の成分はまだ分かってないんです!!
もし危険な毒ガスでも発生していたら……!」
ルードはその時、ようやくユアンに気付いた。
「ああ、ユアン嬢か。悪いな、終わったのか?」
「はい。……温泉が出たのですか?」
ユアンが目を丸くする。
「……ロエルが爆破させてな。
だが、まだ詳しくは分からない」
「そうなのですね」
ユアンは微笑んだまま、
「では、完成したら是非ご案内くださいませ」
と、当然の予定のように言った。
⸻
数日後
「例の件ですが」
キドが報告書を差し出す。
ルードは受け取り、黙って目を通した。
「地質調査、完了。
水質検査、問題なし。
周辺地盤の安定も確認済み……」
一枚めくる。
「効能は、疲労回復、神経痛、冷え性、美肌効果……
……やけに充実しているな」
「はい。
調査官が『理想的な温泉成分だ』と興奮しておりました」
沈黙。
ルードは書類を閉じた。
「……つまりロエルが地面を吹き飛ばした結果、
極めて安全で有用な保養地が出来たと?」
「……そのようです」
キドは遠くを見た。
「ね?
俺が爆破したおかげだね」
いつの間にかロエルが執務室にいた。
「………」
キド、完全に無言。
「……温泉、行きたいな」
ルードが虚空を見つめたまま呟いた。
「……ヤバいな、ルード。
疲れてるんだな」
ロエルが小声で言う。
「誰のせいですか!!」
キドが噛み付く。
ロエルは少し考えてから首を傾げた。
「……第二王子じゃね?」
そして、妙に同情した目でルードを見た。
キドは、目を見開いたまま硬直した。
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