第48話 並んで見る景色
この回は、
騎士の真面目な巡回と、
皇女の初乗馬と、
だいたい巻き込まれる団長でお送りします。
責任の所在は、わりと明確です。
公爵家前の広場に、乾いた蹄の音が規則正しく響いた。
城門をくぐってきたのはロエルだった。
巡回路を回り、城周辺の警備や見張りの確認を終えて戻ってきたところだ。
何事もなかったことを物語るように、静かに馬を止める。
近くに控えていた騎士へ短く状況を伝えると、騎士は背筋を伸ばして頷き、そのまま城内へ報告に走っていった。
その一連の動きを、少し離れた場所から見ていたラミアが、控えめに歩み寄る。
「お帰りなさい。」
ロエルはそこでようやく彼女に気付いたように視線を向け、ふっと表情を和らげた。
「ただいま。」
ラミアは馬を見上げ、目を輝かせる。
「大きいですね。」
「軍馬だからね。」
感心したように、しばらく見上げ続けている。
ロエルはその様子を眺め、わずかに口元を緩めた。
「乗ってみる?」
ラミアがぱっと振り返る。
「え…」
「馬、怖い?」
「……乗った事ないです。」
「そっか。じゃあ乗ってみようか。」
「…はい。」
「持ち上げるよ。」
そう言うとロエルは、ラミアの身体を軽々と抱き上げ、そのまま鞍へと乗せた。
驚く間もなく、ラミアの視界が一気に高くなる。
「高いですね…」
「怖い?」
ラミアは小さく首を振り、笑顔で答えた。
「大丈夫です。」
ロエルは後ろから支える形で跨り、ゆっくりと馬を歩かせる。
城の裏手へ向かう道は、石畳から土の道へと変わり、周囲の喧騒も少しずつ遠のいていった。
「…高い所苦手じゃなかったっけ?」
「……今は大丈夫です。」
少しだけ拗ねた声音。
「ごめん、ごめん。意地悪だったな。」
ロエルは笑いながら言った。
馬は一定のリズムで進む。
その揺れは不思議と心地よく、緊張していたラミアの体から少しずつ力が抜けていった。
やがて風が強くなり、視界が開ける。
「……気持ちいいですね。」
「だろ。」
「走ったらもっと気持ちよいのですか?」
ラミアは目を輝かせて尋ねた。
ロエルは小さく笑った。
「……走ってみる? ラミアが大丈夫なら俺は構わないけど。」
「では、少しだけ。」
ラミアはふふ、と小さく笑う。
「わかった。怖かったらすぐ止める。」
ロエルは馬の腹を軽く蹴り、手綱を操りながらゆっくり走り出した。
風が当たる。
ロエルはラミアの様子を確かめながら、少しずつ速度を上げていく。
支える手にも自然と力がこもる。
常に片手で彼女を支え、揺れを吸収するように馬を操っていた。
風の音が耳を抜け、
草がなびき、木々の葉が揺れる。
ラミアはロエルを振り返り、綻ぶような笑顔を見せた。
ロエルもまた、同じように笑って返した。
やがて速度を落とし、ゆっくりと広場へ戻っていく。
――だが。
空気が、明らかに違った。
仁王立ちのキドがいた。
その隣で女官が俯いている。
「ロエル様。」
低い声だった。
「なーに?」
「一体何を考えてるんですか?」
「散歩。」
「殿下を乗せて散歩するな!」
キドは半ば反射的にラミアを降ろそうとする。
「要人乗せた。
落とさなかった。
俺ちゃんと出来るね。任務成功。」
ロエルは飄々と言った。
「任務じゃありません!!」
「成功体験は大事だろ?」
「そういう問題ではありません!!」
その時だった。
「……何をしている。」
重い声が落ちた。
ルードだった。
キドが勢いよく振り向く。
「ルード様!聞いてくださいよ、ロエル様が――」
「キド。」
「はい!」
「お前は、何をしている?」
「……え?」
気付いた。
自分がラミアを抱えたままだった。
静寂。
ラミアがきょとんとしている。
キド、完全停止。
ゆっくり降ろす。
「……これは不可抗力でして。」
「話は執務室で聞こうか。」
それだけ言って、ルードは踵を返す。
キド、連行。
「行ってらっしゃい。」
ロエルが爽やかに手を振った。
キドは振り返り、下の歯を剥き出しにして物凄い形相で睨む。
だが逆らえず、そのまま引きずられていった。
広場に静けさが戻る。
「私、何かいけなかったでしょうか…?」
「全然。」
ロエルは軽くラミアの頭を撫でた。
「いつものことだから。」
遠くからキドの叫び声が聞こえる。
「ロエル様のせいですからね!!」
ロエルは聞こえないふりをした。
沈みかけた夕日が、二人をやわらかく照らしていた。
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