第43話 ティータイム・デュエル
この回では、公爵と令嬢が知識で張り合います。
公爵家・執務室。
机を挟んで、ユアンがルードに詰め寄っていた。
その横でキドが冷や汗を流し、少し離れた位置でロエルが腕を組んで成り行きを見守っている。
「……ですから。
皇女殿下の教育を、ぜひ私にお任せいただきたいのです」
「皇室の意向だ。もちろんラミアの教育が行き届いていないのは皇室としても悩みの種ではあるが、勝手に行う事はできない」
「“行き届いていない”という問題ではございませんわ」
ユアンは即座に切り返す。
「殿下は、お伽話と史実の区別が曖昧ですの。
それは教育不足ではなく、方針の問題ですわ」
一拍の沈黙。
ルードはゆっくりと息を吐いた。
「……そなたは、令嬢教育は完璧だったのだろう。
だが、教える側にはそれ以上の知識が求められる」
鋭い視線。
「まずは、この俺を上回ってみせろ。
それができねば、陛下への進言は許可できん」
「つまり――知識対決、ですわね?」
ユアンの唇が、愉しげに弧を描く。
「望むところですわ」
その瞬間、ロエルは静かに執務室を後にした。
⸻
庭園。
柔らかな陽射しの中、ラミアは紅茶を楽しんでいた。
「ラミア」
振り向くと、ロエルが立っている。
「ロエル様? どうなさったのですか?」
「面白いものが始まりそうなんだ。
場所、変えない?」
「面白いもの……?」
首を傾げるラミアに、ロエルは三段重ねのティーセットをひょいと持ち上げる。
「これも一緒に。
君たちはポットとカップを」
女官たちは困惑しながらも後に続いた。
向かった先は、執務室に隣接する広いテラス。
大きなテーブルと、ゆったりしたソファが並ぶ、まるで観劇用の特等席だった。
⸻
「……何をしている」
開始早々、ルードの視線が端に流れる。
そこには、優雅にお茶を飲むロエルとラミア。
「俺がラミアを連れて来たんだ。本人がいた方が良いだろ?」
「ロエル様にお誘いいただきまして」
ラミアは柔らかく微笑む。
「お兄様とユアン様が、知識を披露し合うと伺って」
キドが顔を引きつらせた。
「ロエル様……殿下、ですよ」
ロエルは笑いながら肩をすくめた。
「あー…やっぱ呼び慣れなくてさ。だいたいキドも俺の事ずっと様付けで呼んでるし、よくね?」
「私も、名前で呼んでいただける方が嬉しいです」
にこり。
キドは言葉を失う。
「……始めるぞ」
ルードが強引に場を戻した。
⸻
「人から預かった物を壊した場合――
責を負うのは誰だ」
一拍。
(いきなりそこ!?)
キドの肩がびくりと跳ねる。
ユアンは、目を細めた。
「故意、あるいは過失があれば、預かった側が責を負います」
迷いのない声音。
「ただし、避けようのない事由であれば、その限りではございません」
「……ほう」
ルードが短く頷く。
キドは――静かに天を仰いだ。
(初手から重いんですよ……)
⸻
「では次いきますわ」
ユアンは楽しげに笑う。
「世界を創り、役目を終えると自ら去った神。
――その名は?」
(誰だよ、それ!?)
「……特徴は?」
「白い肌に顎髭。
海を渡ったとも伝えられておりますわ」
一拍。
「……ビラコチャ」
(聞いたことねぇよ……)
「完璧ですわ」
ラミアが、ぱちぱちと手を叩く。
(魂が抜ける音がした)
⸻
「……では次だ」
ルードが視線を上げる。
「歴史に名を残した学者たちの学び舎――
どこだ」
(範囲が広すぎるだろ……)
キド、白目。
一拍。
ユアンは静かに答えた。
「サルマンティカ」
(……どこだそれ)
迷いのない声。
「知を欲する者は、サルマンティカへ行け――
古くからそう言われておりますわ」
⸻
「……では、最後に」
ユアンの声色が変わる。
「帝国思想史・第七巻。
王権と民が衝突した時、統治者が選ぶべき道」
一拍。
「――その中で、“最も危険で、最も美しい選択”とは何か」
静寂。
ルードの思考が、そこで初めて止まった。
「…………」
「……答えられない」
ユアンは、微笑んだ。
「――正解ですわ」
「え?」
「即答できない者だけが、統治を考えられる」
一拍。
「答えは一つではなく、選び続ける覚悟そのものです」
ルードは、息を吐いた。
「……参った」
(……外国語かな)
⸻
「証明は終わりましたわね」
ユアンが振り向く。
「では、皇女殿下は――」
「あれ? 殿下は?」
女官が、おずおずと。
「ロエル様がお連れになって……」
「……は?」
キドの声が裏返る。
「すでに外へ……」
女官が小さく答える。
「何故止めない!!」
一歩、踏み出す。
「申し訳ございません!!」
「……二人きりか?」
「……はい」
一瞬の静止。
キドが振り返る。
「追います!!」
「……ああ」
ルードは、そのまま動かない。
ユアンは満足そうに目を伏せ、
キドは全力疾走で廊下を駆け抜けた。
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