第42話 皇女殿下の平穏な外遊(※護衛付き)
この回では、皇女ラミアの初めての市井視察が行われます。
穏やかな市場見学のはずでしたが、
護衛の規模が少しだけ間違えました。
結果として――
だいぶ物々しいことになります。
ラミアの初の単独での市井視察が、正式に執り行われる運びとなった。
目的は、王都商業区の視察および民意把握。
つまり――簡単に言えば、市場見学である。
もっとも、対象が皇女ともなれば話は別だ。
当日の護衛は、
皇室騎士団並びに公爵家騎士団による合同警備。
公爵家騎士団団長キドを筆頭に、精鋭騎士、上級騎士、そして選抜された中級騎士が揃い、相応の人数が編成されていた。
にもかかわらず。
「……場違いにも程があるだろ……」
キドは、商業区の賑やかな通りを前に、遠い目になった。
屋台、露店、呼び込みの声。
人の波、子供の笑い声。
そこへ、完全武装の騎士団がずらり。
どう見ても――
戦場前夜の布陣である。
⸻
「殿下の身の安全を最優先とし、周囲の警戒を徹底せよ。
不審人物、不審物、すべて即時報告!」
「「「はっ!!」」」
公爵家騎士団も皇室騎士団も、気合は十分。
だがその気合は、明らかに市場の空気と噛み合っていなかった。
そこへ、皇室の馬車が到着する。
御者が扉を開き、優雅に降り立ったのは、ラミア。
「キド様、本日はよろしくお願いいたします。」
「はっ。殿下のご公務に支障が出ないよう、万全を整えております!」
「ふふ、ありがとうございます。」
柔らかな笑顔。
その時――
「ラミア、大丈夫だ。俺が付いている。」
馬上から軽やかに飛び降りた一人の男が、ずかずかと歩み寄ってきた。
皇室騎士団の制服。
そして――
(……は?)
キドは、その顔を見て完全に思考が停止した。
第二皇子殿下。
「お兄様」
「心配するな。敵はすべて俺が薙ぎ倒す。」
「まぁ、心強いですね。」
(戦が始まる前提なのか……?)
キドは白目を剥きそうになる。
「キド様、お兄様は皇室騎士団の団長に就任なさったのです。」
「……は?」
(聞いてない!!)
「ラミアの初公務と聞いてな。
俺がやるしかねぇと思って、昨日団長になった。」
「昨日!?!?!?」
(任命式は!? 承認は!? そもそも前任者は!?)
頭が追いつかない。
(だいたい、皇室騎士団は納得しているのか?一体どう思って……)
キドは皇室騎士団の方を見た。
……全員、目が死んでいた。
(…心中お察しします。)
「だからお前の出番はないぞ。安心して下がれ。」
「い、いえ……公爵家騎士団としても――」
「近々、皇室騎士団と公爵家騎士団で対決しても面白そうだな。
公爵家に行くから、いつが平気かルードに聞いておいてくれ。」
「…口を出すなら、対決になるが?」
「……はい、失礼しました。」
(来ないでください。)
⸻
こうして、
異様なほど物々しい護衛隊列が完成した。
中央にラミア。
右に第二皇子。
左半歩前にキド。
その周囲を、両騎士団が完全包囲。
商店街を歩くには、どう考えても過剰である。
⸻
最初にラミアが足を止めたのは、飴細工の店だった。
「まぁ……これは?」
「飴細工でございます。」
店主は、手際よく鋏を操り、瞬く間に花を形作っていく。
「素晴らしい……芸術ですね。食べてしまうのが惜しいほどです。」
その瞬間。
「刃物を向けたな。」
「……え?」
「ラミアに刃物。謀反の疑いあり。」
「ちょっ――殿下!!」
「冗談だ。」
(いや冗談に聞こえません!!)
「だが鋏は使うな。手でやれ。」
「……手、ですか?」
「そうだ。」
店主は震えながら、素手で細工を始めた。
「まぁ、手でも見事ですわ。」
ラミアはにっこり。
「では、こちらを……」
差し出された飴を見て、第二皇子が即座に割り込む。
「その手で触れた物を、ラミアに?」
「……っ!」
「毒殺か?」
「違います!!」
「なら謀反だ。」
「どちらも違います!!!」
(誰か止めろ!!!)
⸻
その後も、
若い男性店員がいれば、
「不敬だ。」
女性店主が近づけば、
「反逆か。」
子供がはしゃげば、
「攪乱行為。」
――最終的には、剣に手が掛かる始末。
ついにキドの理性が限界を迎えた。
「いい加減にしてください!!」
通りが静まり返る。
「これは、殿下の大切なご公務です!
皆、殿下を喜ばせようと真心を尽くしてくださっている!
それをどうして――!」
一瞬の沈黙。
商人たちは感動し、目を潤ませる。
騎士団は――
(あ、終わった。)
という顔をした。
「……お前、身分は?」
「……騎士爵です。」
「年齢は?」
「……22、いえ、23で……」
言い直しは、一歳分の見栄だった。
「俺より年下か。」
(死ぬ。)
第二皇子が歩み寄る。
キドは目を閉じ、震える。
そして――
肩に、ぽん。
「気に入った。」
「……え?」
「俺に意見してくる奴なんて久しぶりだ。根性あるな。」
(生きてる……?)
「これからも合同警備でいこう。
俺の暴走を止める役が必要だ。」
皇室騎士団の目が一斉に輝いた。
(救世主だ……)
公爵家騎士団は、引きつった笑顔で頷いた。
⸻
こうして。
皇女ラミアの市井視察初日は、
大混乱と苦笑と胃痛に包まれながら、幕を閉じた。
成年皇族としての独り立ちは、無事成功。
だが同時に――
第二皇子殿下という、最大級の厄介事を抱え込む結果となったのであった。
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