第37話 純情三騎士の宴
この回では、
公爵
騎士団長
勘当中の元侯爵家嫡男
による、小さなマウント合戦が行われます。
なお、誰も勝っていません。
公爵城からほど近い料理屋の個室。
外の喧騒から切り離された木造の空間には、柔らかな燭台の灯と、香ばしい肉と香草の匂いが満ちている。重厚な扉が閉じられた瞬間、城内とは別世界のような静けさが広がった。
卓の上には、すでに何本目か分からない酒瓶と、取り分けられた料理の皿。三人はそれぞれの椅子に深く腰掛け、ほどよく酔いも回り、肩の力が抜けた様子だった。
「しかし……」
キドはグラスを指先でくるりと回しながら、深くため息をつく。
「ルード様、ユアン嬢にタジタジですよね。はぁ……」
「タジタジって言うな」
ルードは低く返すが、その声にはどこか勢いがない。
「ルードは武だけで生きてきたから、令嬢との接し方が分からないんだろ」
ロエルは肩を揺らし、愉快そうに笑う。
「公爵として、少し情けないですね。女性に緊張するなんて」
キドも口元に笑みを浮かべ、やれやれという仕草で肩をすくめた。
「緊張なんてしてない! 第一、俺はラミアとは幼い頃から共に育ってきたんだ!」
ルードはむっとして胸を張る。
「それ、もう家族だろ」
ロエルが即座に切り返す。
「……」
ルードは一瞬言葉に詰まり、冷えた眼差しで二人を見据えた。
「お前達、さっきから偉そうに言ってるが、それほど経験豊富なのか?」
一瞬、空気が止まる。
ロエルはゆっくりと視線を逸らし、キドはなぜか天井の染みを見つめ始めた。
「……」
「……」
「おい」
「……」
「お前達?」
二人は無言のまま、まるで示し合わせたかのように沈黙を貫く。
ルードが鼻で笑った。
「キド。お前も俺と幼い頃から一緒だな。お前も俺と似たような生活をしてきたはずだが、いつ女と関わる時間があった? 女官長か? 母親のような年齢だろう?」
「……俺、姉、いますし」
キドが苦し紛れに答える。
「それはルードのラミアと同じだろ」
ロエルが吹き出す。
「ロエル。お前の場合、もし親しい令嬢がいたら、お前の親父さんがその家門を潰しにかかるんだよな?」
ロエルはグラスを持ったまま肩をすくめる。
「この十年近く、若い令嬢のいる家門が潰れた話は聞いたことがない。つまり――そういうことだ」
「……踏み込まなかっただけだ」
軽く肩をすくめ、グラスを傾ける。
「何だ。お前達も同じじゃないか!」
ルードは勝ち誇ったように笑う。
「ですが、ルード様と違って、俺は女官にも使用人にも毅然と接しています。毎日の申し送りも欠かしません!」
キドがややムキになって胸を張る。
「俺も社交の場では普通に話してるし……」
ロエルも付け足す。
「それは二人とも仕事だろ!」
ルードが即座に突っ込む。
「第一、女と手を繋いだことはあるか?」
その問いに、二人がほぼ同時に口を開く。
「それ、皇女殿下でしょう」
「ラミアだな」
「……」
ルードはぴたりと黙る。
「第一、俺もラミアと手を繋いだことあるし」
「ロエル様、皇女殿下ですよ」
キドが呆れたように言う。
ロエルは肩をすくめ、軽く笑った。
「はいはい。この場だけ許せ」
「おい、キド。話を逸らそうとしてるんじゃないだろうな?」
ルードの視線が鋭く突き刺さる。
「俺もありますよ!」
キドは思い切ったように言い切る。
「ほう。誰とだ?」
「……姉と、姪……」
「お前が一番何もないじゃないか!」
ルードが即座に突っ込む。
「ルード、お前のラミアもズルくね?」
ロエルが楽しそうに口を挟む。
「……」
ルードは黙り込んだ。
「俺もありますよ! 皇女殿下と」
キドが追撃する。
「……ほう。いつだ?」
ルードのこめかみに、ぴくりと血管が浮かぶ。
「……握手ですが」
「ハハ、握手じゃないか」
ロエルが腹を抱えて笑う。
「でも! がっちりとです。両手で!」
「何だ? 何か契約でも締結したのか?」
「……強いて言うなら、条約です」
「んー。つまり、やっぱり何もないのはルードじゃね?」
ロエルが楽しそうに笑う。
ルードの顔が一気に赤くなる。
「あはは。だからルード様はユアン嬢に押されても仕方ないですねー」
「しょうがないな。ルードは純情だから」
「……」
ルードは言い返せず、酒を一気に煽った。
「お前達! ここ、俺の奢りだが……今すぐ取り消してやろうか!」
「……そういう権力、使うんですか」
キドがじとっと睨む。
「あはは。いいよ、俺が出す」
ロエルはそう言って、グラスを高く掲げた。
「純情なルードに乾杯」
「純情なルード様に乾杯」
「おい!!」
ルードの怒鳴り声と、二人の笑い声が個室いっぱいに響き渡った。
夜が更けるまで、軽口と冗談、突っ込みと笑い声が途切れることはなかった。
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