第34話 聞こえてしまった言葉
ロエルの休日。
①よく寝る
②団長に叩き起こされる
③面倒な令嬢の相手をさせられる
今日は②から始まります。
日の光が世界を照らし、新しい朝が訪れる。
花はゆっくりと目覚め、鳥は歌い、樹々は風に揺れて囁き合う。
柔らかな日差しが、公爵城を包み込んだ――その、次の瞬間。
どたどたどた、と、静寂を引き裂くような足音が廊下を駆け抜けてきた。
勢いそのままに、客室の扉が遠慮なく開かれる。
「ロエル様!!」
まだ夢の中にいたロエルは、布団に顔を埋めたまま微動だにしない。
その声の主――キドは、ずかずかと部屋に入り込み、閉ざされたカーテンを勢いよく開け放った。
「起きてください!」
眩しい光に、ロエルが顔をしかめる。
「……俺、今日、休みじゃなかった?」
「そんな場合じゃありません!」
キドはそう言い捨てると、クローゼットを勝手に開け、ロエルの服を次々とベッドの上に放り投げた。
「これ、着てください」
「……なんで?」
「ユアン嬢が、知らせもなく来たんです!」
ロエルは片目だけ開け、胡乱げにキドを見る。
「ルード様は朝方から領地の視察に出ていて、戻るのは昼過ぎ。
それまでユアン嬢を対応できる人間がいないんです!」
「……キドがやれば?」
「騎士爵の俺では、荷が重すぎます」
「俺、平民。しかも休日」
そう言って、ロエルは再び布団に潜り込もうとする。
「お休み」
「そういう問題じゃありません!」
キドはロエルの肩を掴み、無理やり身体を起こした。
「このままだと、皇女殿下にご対応いただくしかなくなります!」
その言葉に、ロエルの動きが止まった。
「皇女殿下が応対すること自体は問題ありません。
ですが、ユアン嬢のほうが、何をしでかすか分からなくて……」
ロエルは数秒、天井を見つめてから、深く息を吐いた。
「……わかった」
「助かります!」
「……ついでに言うけど」
ロエルはベッドの端に腰掛け、乱れた髪を掻き上げながら小さくため息をついた。
「俺、まだ朝飯も食ってない」
「後で、いくらでも食べさせてあげますから」
「言い方」
キドはすでにロエルの上着を手に取り、急かすように差し出していた。
「ほら、急いでください。髪もひどいですよ」
ロエルは諦めたように天井を見上げ、黙って着替え始めた。
ユアン嬢が馬車から降り、優雅な足取りで正門へと歩いてくる。
「ルード様は?」
「ルード様は領地へ視察に出ておりまして、昼頃にはお戻りになる予定です」
キドは明らかに緊張した面持ちで答えた。
「あら、それで私へのご対応はロエル様、というわけですの?」
ユアン嬢はロエルを一瞥し、わずかに鼻で笑う。
「嫌でしたら、どうぞお引き取りください」
ロエルは穏やかな笑顔で告げたが、その瞳はまったく笑っていなかった。
「!!」
キドは隣で言葉を失い、ただ口を開けたまま立ち尽くす。
「……仕方ありませんわね」
「お気をつけて」
「ちょっと、帰るなんて言ってないわよ!」
「あー、何だ。帰らないのか」
「どうして私が帰らなくてはいけませんの?」
「俺の対応では不服そうでしたので。残念ですがこちらで。」
ロエルは淡々と、馬車の方へ手を差し伸べる。
「構いませんわ。ロエル様のご対応で我慢いたしますわ」
「我慢は美容に悪い。どうぞお引き取りを」
「だから!」
キドは青ざめ、胃のあたりを押さえた。
結局、ユアン嬢は屋敷へは入らず、正門近くの庭で待つことになった。
「ロエル様! 一体何なんですか、あの対応は……!」
キドが堪えきれず声を上げる。
「追い返したいんじゃなかったっけ? 公爵夫人になってほしいなら、態度は改めるけど」
「……」
キドは言葉を失った。
「ルード、もう近くまで戻ってきてないかな」
「……見てきます」
キドは馬に飛び乗り、正門を出ていった。
爽やかな初夏の日差しが庭に降り注ぎ、渡り廊下には涼やかな影が伸びている。
その光の中、ユアンがゆっくりと振り向き、ロエルに向き直った。
「ねぇ、ロエル様。本当に侯爵家をお出になったの?」
ロエルは答えず、無言でユアンを見据える。
「ザグル侯爵から勘当されたって、聞きましたわ」
一瞬、沈黙。
「……平民に落ちてまで、皇女殿下と結婚したくなかったのかしら?」
軽やかな笑い声が、庭に響く。
ロエルは視線を逸らし、煩わしそうに息を吐いた。
ユアンの瞳が、きらりと輝いた。
「――ルード様!」
正門の方に現れたルードの姿を見つけ、ユアンは弾むように駆け寄っていく。
しばらくして、ルードとキドが慌てて応対する様子が見える。
笑顔で腕を取るユアン。
それに応じながら、どこか困惑した様子のルード。
必死に取りなすキド。
ロエルはしばらくの間、三人の姿を眺めていた。
初夏の光の中で、その光景だけがやけに鮮やかだった。
ロエルはゆっくりと息を吐き、踵を返した。
渡り廊下へと足を向けた、その時だった。
柱の影に、淡い色のドレスが一瞬揺れた。
「……?」
ロエルの視線が、そちらへ向く。
だが、そこに誰の姿もなかった。
ただ、陽光と影だけが、静かに床に落ちている。
「……気のせいか」
小さく呟き、歩き出す。
「殿下、遅れてすみません。……あれ? ユアン様にご挨拶なさるのでは?」
女官が不思議そうに尋ねる。
「お兄様がお戻りになったようですから、このまま戻ります」
ラミアは穏やかに微笑んだ。
「お邪魔してはいけませんし、ね」
「……?」
女官は小さな違和感を覚えながらも、それ以上は何も言わず、ラミアの私室へと戻った。
お読みいただきありがとうございます。
ユアンのイラストを活動報告に載せました。
よろしければ、そちらも見ていただけると嬉しいです。




