第28話 貴公子と騎士団の夜
新団長キド、始動。
そしてなぜか、新人団員ロエル誕生。
爽やかに物騒、真面目に恐怖。
公爵家騎士団、本日も平和(?)です。
詰所には、すでにロエルの姿があった。
武器の手入れはすべて終わり、机に肘をついて、優雅に茶を飲んでいる。
「お、おはようございます!」
「遅れてすみません!」
団員たちが慌てて頭を下げる。
「え? 遅れてないよ?
俺が勝手に早く来てるだけ。もー、早く慣れてよ」
そう言って、ロエルは朗らかに笑う。
「恐れ入ります……」
「だから敬語やめてって。
これじゃ俺、態度でかい新人みたいじゃん」
「面目ありません」
「精進いたします」
「以後、気をつけます」
詰所の入口で、その光景を目にしたキドは、思わず引き返したくなった。
だが、団員の一人がキドに気づく。
「団長!」
「おはようございます!」
「……ああ。今日は俺が一日、指導に当たる。
上級・中級・下級に分かれろ」
稽古場
「上級は槍だ。突きの精度を徹底的に磨け。
間合いを誤れば即死に直結する武器だ。力任せに振るな、軸と呼吸を意識しろ」
「中級は剣。対人戦を想定しろ。
攻防の切り替えを速く、常に次の一手を考えろ。剣は“反応”じゃなく“判断”で振るものだ」
「下級は俺が見る。基本の型を身体に叩き込むぞ」
「ハッ!」
槍と剣が交わる音が響く中、キドは下級騎士の前に立った。
「もう少し腰を落とせ」
「ハッ」
「ロエル……様。
こちらで、隣の騎士を真似てくれ」
「はーい」
気の抜けた返事。
キドは眉間に皺を寄せるが、無視して説明を続ける。
下級騎士はなかなか上手くできない。
ロエルがふと口を開いた。
「腕に力入りすぎてない?
脚より腰に重心置いた方が、動きやすいと思うけど」
下級騎士とキドが同時に顔を上げる。
「……その通りだ」とキド。
「じゃあ次は?」
「待て。理論を理解しただけだ。実戦で使えていないだろう」
「んー……10秒、時間くれる?」
「え?」
キドが言い終える前に、ロエルは木剣を手に取り、一歩踏み出す。
次の瞬間。
キドの喉元に剣先がぴたりと止まる。
稽古していた団員たちの動きが、一斉に止まった。
「……これで合ってる?」
首を傾げるロエル。
「……合ってます」
キドは静かに答えた。
「よかった。じゃあ次いこ」
「いや。皆ができるようになるまでだ」
「あー、そっか。ごめん。じゃあ俺も手伝う」
そう言い、ロエルは下級騎士の指導に加わった。
上級・中級騎士たちも、ちらちらと視線を向け始め、詰所は妙なざわめきに包まれた。
キドは胃の奥が重くなるのを感じた。
(頼もしいのか、厄介なのか……判断がつかん)
⸻
騎士団寮
「このあと、皆どこ行くの?」
「え、と騎士団寮に戻り、身支度を整えた後、食堂へ向かいます」
「寮、ベッド空いてる?」
「はい。上級騎士は1~2人部屋、中級は2~3人部屋、下級は4~6人部屋です」
「じゃあ俺も行く」
「え!? ですが、騒がしいですよ! いびきとか……」
「うん。でも行く。俺も団員だし」
団員は、遠くで指示を出すキドをちらりと見た。
キドは青くなりつつ視線を逸らす。
(共同生活……大丈夫か、ロエル様)
浴場
湯気の立つ浴場。
鎧を脱いだ男たちが身体を清めている。
「……むさ苦しいな」
ロエルの小さな呟きに、団員たちはびくりと反応した。
「あ、聞こえた? ごめんごめん」
困ったように笑い、何事もなかったかのように隣の洗い場へ向かう。
周囲の団員たちは無意識に距離を取り、ちらちらと視線を向けた。
「……何?」
不機嫌そうに尋ねると、皆、一斉に目を逸らす。
「い、いえ……」
沈黙。
誰かがぽつりと漏らした。
「鍛え方、ちょっと違いますよね」
「均整が取れてるというか……」
ロエルは軽く固まる。
「……やめろ。褒め方、気持ち悪い」
わずかに青ざめ、肩をすくめた。
「俺、普通に鳥肌立ったんだけど」
「す、すみません!!」
団員たちは慌てて頭を下げる。
湯船に浸かる頃には、先ほどの張り詰めた空気はわずかに和らいでいた。
⸻
食堂
団員のひとりが、ロエルをじっと見つめながら声をかけた。
ロエルはパンをちぎり、そのまま口に運ぶ。
「あ、普通に食べるんですね?」
「え?」とロエル。
「もっとこう……ナイフとか使うのかと思ってました」
ロエルは肩をすくめ、にこりと笑う。
「使わないだろー」
「あ、そうなんですね……」
思わず吹き出す団員たち。
「何言ってんだお前ー!」
「そりゃそうだ!」
キドはほっと息をつく。
(普通に打ち解けてるな。意外と大丈夫そうだ)
食堂には、軽やかな笑い声と、和やかな会話が満ちていた。
夜・共同部屋
消灯後、静寂に包まれた部屋。
寝台のどこかから、規則的な音が響く。
「……確かに、うるせぇな」
ロエルの小さな呟き。
その瞬間、全員が飛び起き、ベッドの上で一斉に土下座した。
「申し訳ございません!!」
「いや、そこまでしろとは……」
翌日から、ロエルは二度と騎士団寮には来なかった。
そして、騎士団員たちは心から安堵した。
――騎士団の日常は、今日も平和である。
次回から3章に入ります。




