第27話 大型新人登場
新団長キドのもと、新体制が始動。
そこへ“新人団員”として現れたのは――。
爽やかすぎる笑顔と物騒すぎる知識に、騎士団は早くも動揺気味。
平和なはずの公爵家、今日もどこか様子がおかしい。
皇帝臨席のもと、キドの騎士団団長任命式が皇城で厳かに執り行われた。
若き団長の誕生に、騎士団は新たな緊張と期待に包まれる。
――そして数日後。
⸻
「皆、集まれ」
「ハッ!」
騎士団団長キドの号令に、団員たちはそれぞれの作業を止め、一斉に整列した。
詰所には、普段の訓練とは異なる、どこか張り詰めた空気が漂っている。
「新しい団員を紹介する。入れ」
扉が開き、一人の青年が姿を現した。
柔らかな笑みを浮かべ、軽やかな足取りで前に進み出たその人物は、整列する団員たちを一瞥し、深く一礼する。
「本日より、皆様のもとで団員として働かせていただきます。
ロエルです。どうぞよろしくお願いします」
朗らかな声と穏やかな物腰。
だが、その名が告げられた瞬間、詰所に微妙な沈黙が落ちた。
――ロエル……様。
数名が視線を泳がせ、数名が思わず息を呑む。
「気軽にロエルと呼んでください。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
笑顔のまま、さらに深く頭を下げる。
団員たちは、慌ててそれ以上に深々と頭を下げた。
「こ、こちらこそ……光栄です……」
キドは思わず額に手を当てる。
「……ロエル様、あ、いや……えーと。
彼は団員として下っ端だ。特別扱いは一切しない。いいな」
「……」
団員たちの表情は、明らかに納得していない。
「ちなみに、これまでの経験は?
剣術の基礎くらいはあるんですよね?」
結局、敬語が抜けきらないまま、キドが尋ねる。
ロエルは少し考えるように視線を上げ、軽く首を傾げた。
「あー……剣の型は、ほとんど知らないな。
やってたのは、毒の調合と、刃への仕込み。
あとは、検死で引っかからない刺し方とか、
血管を狙って一瞬で絶命させる方法――そのくらい?」
一瞬の静寂。
ロエルは、にこりと笑ったまま付け足す。
「殺し損ねないやり方しか知らないな。ハハ」
「……つまり、本当にド素人……
ん? 皆、どうした?」
詰所の空気が、凍りついた。
団員たちは一斉に青ざめ、無言のまま後ずさる。
キドもまた、言葉を失って立ち尽くしていた。
「ん?」
ロエルは、何が起きたのかわからないといった様子で、きょとんと首を傾げる。
その無邪気さが、余計に恐ろしい。
キドは天を仰いだ。
――前途多難、とはこのことだ。
⸻
ルードとキドは、並んで内政の書類に目を通していた。
「失礼します」
扉の向こうから声がかかり、一人の騎士団員が入ってくる。
「終わったか? 今日は顔を出せなかったからな。問題なかったか?」
キドが顔を上げて問いかける。
「……まあ……はい」
団員は歯切れ悪く答え、視線を逸らした。
その様子に、ルードが筆を止める。
「どうした。何でもいい。気になることがあるなら言え」
「いえ……ロエル様のことなのですが……」
「何かあったのか?」
今度はキドが身を乗り出す。
「毎朝、誰よりも早く来られていまして……皆が揃う頃には、武器の手入れがすべて終わっているんです」
ルードとキドは、思わず顔を見合わせた。
「真面目なんだな、ロエルは」
「ですね……意外と」
団員は、慌てて首を横に振る。
「いえ、それ自体はいいんです!
武器の手入れがわからない新人など、今どきいませんし……」
一度言葉を切り、ためらうように息を吸う。
「ですが……ロエル様の磨いた武器は、なんというか……完璧すぎると言いますか。
刃の癖や重心、殺傷力まで、すべて把握した上で整えているようで……」
「……それの、何が問題なんだ?」
要領を得ず、ルードが首を傾げる。
団員は、ぎこちなく視線を彷徨わせた後、小さく呟いた。
「……先程など、短剣を持って来られて、
『これは、返しは付けないのか』と……」
「……返し?」
キドが聞き返す。
「刃に返し――逆向きの突起を付ければ、刺したあと、引き抜くだけで内臓が……」
そこまで言って、団員は口を噤んだ。
ルードとキドは、同時に額に手を当てる。
「怖いんです!!」
堪えきれず、団員が叫ぶ。
「ロエル様が!
あの貴公子のような爽やかな笑顔で、それを言うんです!」
「団員たち、皆怯えています!!」
執務室に、重い沈黙が落ちた。
ルードは無言で天井を見上げ、キドはみるみる顔色を失っていく。
「……だろうな」
キドの呟きが、静まり返った部屋に虚しく響いた。
⸻
「殿下
夏に差し掛かり、青い花が咲いておりますね」
「ええ、綺麗ですね。」
ラミアは微笑み、風に揺れる花々を愛でた。
ふと視線を上げると、少し離れた場所で訓練を行う騎士団の姿が目に入る。
その中に、いつも上質な外套を羽織っていたはずのロエルがいた。
騎士団の制服ではなく、白いシャツの襟元を緩く開け、淡いブルーのズボンを合わせた姿で、団員たちに混じっている。
(最近、ロエル様をよく騎士団でお見かけするわ。
前は度々ご実家である侯爵家に戻られていたのに、最近はずっと公爵城にいらっしゃる。
私には多くの事が知らされない。知る事も出来ない……)
「ハハハ」
遠くから、ロエルの朗らかな笑い声が届く。
それに重なるように、騎士団の悲鳴が聞こえた。
ラミアは、思わずくすりと笑った。
(それでも、ロエル様も騎士団の方々も、最近とても楽しそう。
公爵家がいつも平和で、穏やかで……それが、何より嬉しい)
「皆様が笑顔で、楽しくて、平和な日々が続きますように……」
ラミアは、そっと祈るように呟いた。
「まあ殿下、素敵な願いですね」
女官が優しく微笑む。
ラミアもまた、穏やかに微笑み返した。
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