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天然皇女と公爵家の問題児たち  作者: angelcaido
2章 皇宮へGO
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第26話 侯爵家嫡男、辞めました

家を出たはずなのに、追い出された感じはあまりない。

行き先が決まっていない男と、放っておけない騎士と、受け入れてしまう公爵。

それぞれ思うところは違うのに、空気は妙にいつも通りで。

――とりあえず、ここを拠点にすることになった。

馬車の中。侯爵城はすでに見えなくなり、侯爵領の境も過ぎようとしていた。


キドはロエルを気遣い、黙って座席に身を預けている。


先に口を開いたのは、ロエルだった。


「キド、ありがとうな。それと――ごめんな」


「ロエル様!」


堰を切ったように、キドが身を乗り出す。


「酷いじゃないですか! 冷たいわ、靴に口付けろだなんて言うわ!」


緊張の糸が切れたように、言葉が止まらない。


ロエルは肩を揺らして笑った。


「ハハ、悪かったな。ちゃんと殴られるから」


「……殴れませんよ」


キドは視線を落とす。


ロエルは目を丸くした。


「え? 遠慮すんなよ」


「してませんよ。これからどうするつもりですか?」


ロエルはふと窓の外へ視線をやる。少しだけ考える間。


「んー……」


小さく唸る。


「ルード、俺のこと公爵家に置いてくれるかな。それなら――そうだな、騎士団に入ろうかな。……って、入れてくれるかな?」


キドは小さく息を吐き、肩をすくめた。


(……軽いな)


胸の奥に、言いようのない居たたまれなさがよぎる。


ロエルはその変化に気づき、口元だけで笑った。


「やめろよー。男を慰める趣味はないぞ?」


「俺も慰められたくないです。だから慰めてあげます」


キドは両手を広げ、わざとらしく胸を貸す素振りをしてみせる。


「いやいや、無理無理。こっちくんなって」


ロエルは笑いながらも、じり、と後ずさる。


キドはその分だけ距離を詰める。


「騎士団に入るんでしょう? 戦場で無事勝利を勝ち取った暁には、団員同士抱擁し喜びを分かち合う事もありますよ」


「マジかー。それ、風呂入ってなくてもやるのか?」


ロエルは一瞬だけ顔をしかめた。


「風呂? 何言ってるんですか? そんな呑気に風呂なんて入ってたら敵襲でやられるじゃないですか」


「あー……」


ロエルは視線を泳がせる。


「庭師とかどうかな」


キドは、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。

だが、すぐに真顔に戻る。


「ロエル様、是非騎士団へ。殴らない代わりに鍛えてあげますよ」


ロエルは微妙な顔をする。



馬車の中には沈黙が落ちていた。


窓の外を眺めるロエルの横顔に、キドはそれ以上声をかける事が出来なかった。


夜は既に深く、窓の外にはぽつぽつと灯りが見える。

空には星が瞬いていた。



公爵城、執務室。


「遅かったな。……ロエルは?」


「疲れたから寝るそうです」


ルードは静かに頷く。


「来い」


短く言って、応接室へと歩き出した。


キドが後に続く。


酒を注ぎ、無言でグラスを差し出す。


「……どうだった?」


キドは受け取り、わずかに息を吐いた。


「——ザグル侯爵は、皇女殿下を利用するつもりでした」


低く、しかし迷いなく言う。


政治の中枢へ食い込む意図。

そのための布石。


そして——


「不穏分子にも、関わっていました」


ためらいはなかった。


ルードの眉間に、深く皺が刻まれる。


「ロエルは大丈夫か?」


「はい、いつも通りでした」


グラスが口に触れるたび、酒がじわじわと効いてくる。

キドの声は次第に熱を帯び、少しだけ饒舌になる。


「俺は、自分の父親を誇りに思って来ました。公爵家の騎士団長として――父親として」


一拍。


「ルード様のことも、主君だからじゃない。身分の高いお方だからでもない」


キドは視線を落とす。


「……子供の頃から、俺たちを分け隔てなく大事にしてくれた」


ルードは静かに頷く。


「そうだな。前騎士団長――お前の父親には、俺も救われた」


「それなのに……」


キドの手が震える。


次の瞬間、グラスが机に叩きつけられた。


「ロエル様の父親は、酷すぎる!」


息が荒くなる。


「あんなの……」


言葉が詰まる。


「……俺、ロエル様のこと、殴れないじゃないですか……」


言い終えるや否や、キドはそのまま眠りに落ちた。


「……お前も、親父さんに負けず良い奴だな」


ルードは小さく息を吐く。


キドの腕を掴み、自分の首に回そうと持ち上げるが――


「……重いな」


苦笑する。


「誰か手を貸せ」


「はっ」



夜は静かに更けていく。


馬車での騒ぎも、侯爵との緊張も、少しずつ遠のいていった。



翌日、執務室。


朝の光が薄く差し込み、書類や地図の上に柔らかな影を落としている。


キドはまだ寝ているらしい。

ルードは「起こすな」とだけ命じていた。


ロエルは窓際に立ち、庭を眺める。


肩を軽くすくめて、口を開いた。


「悪かったな。色々迷惑かけて」


ルードは椅子に腰掛け、書類に目を落としたまま答えた。


「気にするな。ラミアも結果的に守られた」


ロエルは顔を向ける。


「あ、そうだね。じゃあ俺、ここにいてもいい?」


ルードの手が、わずかに止まる。


「……構わないが」


一拍。


「騎士団に入りたいって?」


ロエルは肩をすくめ、軽く笑った。


「いいの? いいなら入るよ」


「……それはいいが、給金はどうする?」


「あー、いや、俺個人資産あるんだ。だからとりあえずいらない。服とかも、もうこの屋敷に結構置いてるし」


少し間を置く。


「部屋貸してくれれば、それで」


「部屋は余ってる。そのまま使ってていい。飯くらい出してやるから、好きに食え」


「ありがとうな」


ロエルは満足そうに笑った。


「しばらくは好きに過ごせばいい」


「うん、そうする。騎士爵って、どうすれば取れるのかな」


ロエルは顎に手を当てる。


ルードは腕を組み、窓の外に視線をやった。


「……陛下と話してないから分からないが、お前の身分はしばらく皇室預かりになると思うぞ」


一拍。


「こういう場合は、皇帝の追認が必要なはずだ」


ロエルはわずかに笑った。


「んー。俺別に平民になっても良いんだけどな。自分で一から上がってくのも楽しそうじゃね?」


ルードは苦笑し、ロエルを見る。


「……お前は逞しいな」


窓の外では、庭師が花壇の手入れをしている。

土を払う音が、かすかに届く。


執務室の中は静かで、朝の空気はやわらかかった。

お読みいただきありがとうございます。

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