9-10話 彼女との時間
「ヨキさん。こっちですよ」
リルムに案内されるがままについて行くと、そこは外からはみえなかった建物の屋上だった。
ここからなら街並みが一望でき、ついでに夕日が落ちていくのもはっきり見えた。
「あれ……こんな所あったのか?」
「ええ、空間は弄っていませんが隠ぺいの魔術はかかっていますから。わかる人しかわかりませんね」
「言葉のトリックだなぁ」
「運動場のように魔術の結界はいたるところにありますから。この学園」
クスクスと笑うリルムにつられて俺も笑う。
俺は笑みの表情のまま、視線を再び街並みに移した。
「しかし、ここからならなんでも見えそうだな」
「そうですね……いい景色ですよね?」
「そうだな、こんな風に景色を見るのは久しぶりだ」
実際、リアルでこんな風に景色を見た事を思い出せるかと言うと思い出せない。
大体、学校、ゲーセン、家、そんな往復。
この夏に入って犯罪が増えたらしくて段々一人で歩くのも微妙に危ないと言われるようになってきている。
リアルの方は鎖国による閉塞感。それによって人間の方が少しづつおかしくなっているとテレビでやり始めている。
だから鎖国を解除すべきだと言う論調で。
俺にはよくわからないのが正直な所だが、大人たちがピリピリしている気もしている。
……このゲームの方がリアルより開放的なのかもしれないな。
「……ヨキさん。なんか難しい顔してますよ?」
「ん、ああ。まあ気にしなくていい所を気にしただけだよ」
「大丈夫、ですか?」
「ああ。……それで、この景色を見せてくれるためにここに来た、でいいのか?」
俺は努めて明るく言いながら、リルムへと視線を移す。
「ええ、それも一つです」
そのリルムはさっきと違い、緊張した面持ちで。
次の言葉を言うのを躊躇っているようだ。……俺が何か言うのも憚られるような表情で。
俺は静かに待つ。リルムは深呼吸をし、ようやくといった感じて言葉を出す。
「ヨキさん……貴方の事が好きです。私と付き合ってくれますか?」
その表情は真剣そのもの。
彼女の気持ち自体は以前の配信で知っていたとは言え、実際言われてみると中々に効く言葉。
正直、彼女の事は嫌いではないし、どちらかと言えば好きな方だ。
……これがリアルだったら良かったんだけど、あくまで彼女はゲームのNPC。
いくら現実と区別がつかないほどのAIだとは言え、ゲームはゲーム。
まあ、そう言う意味では気軽に付き合ってもいいとは思うんだけどな。絶対この関係はメリットになるし。
でも、現実と区別がつかない精度だからこそ、余計なことも考えるわけで。
だからこそ、俺はゆっくりと考える。
彼女の方もまた、じっと俺の瞳を見つめている。
「そうだな……俺としてはリルムの気持ちは非常に嬉しい。そう思う」
そこまでで、俺は一回言葉を切る。多分、今の彼女に下手な嘘はつかない方がいい。
「だけど、きっと君を将来悲しませる。俺は冒険者だからな」
「はい。そうですね。きっとそうなると私も思います」
意外にもリルムは俺の言葉に肯定した。
思わず一瞬、言葉に詰まる俺にリルムは微笑む。
「本当に、ヨキさんは優しい人ですね。……でも私は知っているんですよ。
ヨキさん達はこの世界の住人ではない事。この世界には遊びで来ている事。……だからいついなくなってもおかしくない事」
俺は、彼女の言葉に今度こそ言葉を失う。
彼女も、魔女さんのように冒険者の事を知っているのか?
いや、彼女は魔女さんの知り合いだし、知っていてもおかしくはないが、魔女さんが積極的に話すとも思えない。俺が良い淀んでいると、リルムの方から話始める。
「私はギルド職員ですから。いつも冒険者さんの会話は聞こえます。……でも認識できない時があるんですよ。どんなに注意深く聞いたとしても。
明らかにおかしい現象なのに、魔術を使用しているわけでもない。それを私たちは疑問に思わない。だから聞いたんですよ、クレア様に」
「……ああ、そういう事か」
そういえばこんだけ精密なAIが冒険者を不自然と思わないのは不思議だと思っていたが、その辺ちゃんと対策取ってたんだな。
それでも彼女や魔女さんのように気づく人は気づくわけか。
俺の納得の言葉に彼女は頷き言葉を続ける。
「このネックレスはクレア様がくれたんですよ。世界のゆがみを修正する物、だそうです。
……これをつけてから冒険者さんの言葉が認識できるようになったんですよ。大半は理解できない単語だったりしましたが」
リルムは話しながらも視線を決して外さない。
俺も彼女から視線を外さない。
「だから冒険者がこの世界に遊びに来ているし、遊びだからいつかは帰ってしまう。それは理解しています」
「……」
俺はそれでも黙って彼女の言葉を聞く。
彼女の表情はあくまで真剣だ。
「それでも、今、ヨキさんはここにいます。ここにいるんです。いつかの事は今を諦める理由になりません」
リルムはそこまで言って、一呼吸を置く。
その間は彼女の覚悟なのだろう。
「だから、私はもう一度言います。貴方の事が好きです。私と付き合ってくれますか?」
少しの間。今度は俺が答える番だ。ゲームだからと言うのは彼女にとっては理由にならない、か。
俺もまた、覚悟を決めると彼女に答える。この際色々気にするのは止めにする。
「わかった。ただ、今までと何か変わるかと言うと、多分変わらないぞ」
「……一言多いですよ」
リルムはそう言うと、俺に抱き着く。
俺が思わず固まっていると、彼女は抱き着いたまま、表情を見せずに言う。
「ほら、もう変わりましたから」
「……そうだな」
ゲーム内のNPCにすら俺は勝てそうにないなぁ。
そう思いながら彼女を抱きしめ返し、しばらくその体制でいた。
しばらくして、俺の方から手を放す。
彼女もまた、名残惜しそうに体を離す。
「そろそろ、暗くなりますね。帰りましょうか」
「そうするか」
「お、もう帰るのですか?」
聞き覚えのある他人の声に二人してバッとその方向を向く。
白銀の髪の少女のように見える姿が見える。NPC表示なので魔女さんの方だった。
一方、リルムは顔を真っ赤にして絶句している。
その俺たちの前に、魔女さんはいたずらっぽく笑う。
「実に青春。恋や愛というものは良いものですわ。後、ヨキさん。私の娘も相手していただいてありがとうございますわ」
「……クレア様!」
怒ったようにいうリルムに魔女さんは笑顔で答える。
「はい。実に良いものを見せて貰いましたわ。……そしてヨキさん?」
「はい」
「リルムをよろしくお願いしますわ」
「わかりました」
俺の即答に、魔女さんは改めて笑う。
しかし、彼女はその表情を止めると真剣な表情に変える。
「さて、ここに私が来たのは別の用事があったからですわよ」
「……ん? そうなのか?」
魔女さんへ聞き返すと共に、魔女さんは突然魔術を行使する。
足元にできている魔方陣は巨大で緻密。その突然の変化に俺は思考を切り替える。
仕舞っていた装備をすべて装着し、周囲を警戒。
俺の動作に魔女さんは頷くと、さらに巨大な魔方陣に変化させる。
「冒険者のおかげて道標の六竜は倒され、災厄の到着が遅れましたわ。だから、私も間に合いました」
意識を魔術に向けているのか、彼女の言葉は抑揚がない。
「私が、この街を護ります。そして、冒険者に依頼します。災厄を、倒してください」
そして街を覆う結界ができたと同時、結界の外部から巨大な閃光が結界と激突する。
「……あれは?」
余りに巨大な力の激突。その力に戦慄する。
俺の思わずと言った呟きに、魔女さんが答えてくれる。
「あれが、災厄。ラグナロク……そう呼ばれる現象ですわ」
閃光の先、そこには蠢く何かがあった。
……ああ、なるほど。あのレイドイベントはここからが本番なのか。
俺は納得すると、魔女さんに頷く。
「リルム。じゃ、ちょっと行ってくる」
「はい、お待ちしてますね」
俺はリルムの言葉を聞きながら走り始めるのだった。




