9-9話 運動場に行きました
「……遅いですわ! いつまで待たせる気なのですか!」
「いや、俺は賢者祭を楽しむために来たわけだからな」
色々な場所を回り、ようやく運動場に来た俺たちを前に、
怒り心頭といった感じの女子学生がいた。
「わたくしはすぐにいらしてと言いましたわ」
「俺は別に回答してないけどな。特にお前の名前も知らないぞ」
俺はそう言いながら改めて目の前の少女を見る。
サイドテールに結んだブロンドの癖っ毛。それでも腰までかかっているあたり相当長い。
どこをとっても細い体形。とても喧嘩には強そうには見えない。
蒼のローブに身を包んだ姿は、どちらかと言うと可愛らしい部類に入るか。
しかし、大きめの瞳はこちらをキッと睨んでいる。その少女は、こちらを睨みつつ口を開く。
「そうでしたわね。わたくしはリリィ・バーゼス。貴方は?」
「……俺はヨキだ。しかしバーゼス、か?」
つまり彼女はあの魔女さんの血縁関係にあるのだろうか。
しかし、髪の色を含め、全く似ていない。
不思議に思いながらなんとなく口に出た言葉に彼女は明確に顔を顰める。
「一応、クレア・バーゼス様の娘になりますわ」
「へぇ。娘、か……?」
確かに魔女さんは見た目通りの年齢ではないのはわかっている。
しかし娘と言うには似ていなさすぎるし……自分の母親にわざわざ敬称をつけるのはおかしいだろう。
俺の疑問を察したのか、むっつりしたままリリィは答える。
「一応と言ったでしょう。私は養子ですから。血縁関係はありませんわよ」
「あー、なるほど。だからバーゼス姓なのか」
養子縁組はこのゲーム内にも普通にあるのか。
魔女さんにも養子を迎える事情があるのか。それとも彼女の方に事情があるのか。
……ま、俺が気にする事でもないか。
「しかし、俺に突っかかってくる理由も特にないと思うがなぁ」
「ふん……クレア様に魔術を教わった。それだけでわたくしとしては理由は十分ですわよ」
「余計意味が分からん」
あるいはリルムなら何か知っていそうだが、と視線をリルムに移すと彼女は大きく手を振っている。
「ヨキさん! 頑張って下さいねー」
あ、普通に応援されている。というかむしろ彼女の隣にいる女性にぎょっとした。
「ヨキさん。真面目に戦ってくださいな」
装備こそうちのパーティーにいるバーゼスさんに偽装しているが、表示は明確にNPCになっている。
つまり件の”魔女さん”がそこにいた。
彼女の周りではざわつきが起こっているが、やがて装備や振る舞いを見て冒険者の方と思ったのかざわつきが収まっている。
……いや、本当にあの人何やっているんだ。
思わず半眼になりながら視線を戻すと、リリィの方も一気に緊張しているのが見て取れる。
あ、彼女も気づいているなぁ。こりゃ突発で授業参観されたようなものだよな。
というか、この変化を見て俺に喧嘩を売ってきた理由がなんとなくわかった気がする。
深くは突っ込むのは止めておこう。
魔術学校の学生はどんなレベルなのかを確かめる。そのつもりで戦った方がいいかもしれない。
多分、その方が彼女の気も楽だろう。
「ま、いいか。リリィ。何かルールはあるか?」
「え、あ、うん。……なんでもありだとわたくし絶対勝てませんから、攻撃は魔術のみでお願いしますわ」
「まあ、魔術の実力をみるならそれが適切だな」
「そ、そう! そういう事にしておいてくださいな!」
あー、魔女さんの登場で露骨に動揺しているな。
心の中だけで苦笑しつつ、俺は頷く。
「じゃ、始めるぞ。3……2……1……0!」
「始めますわ!」
リリィはその言葉と共に、瞬時に火球を数十個出現させる。
……ノータイムであれができるのか。専業魔術師だとあれができて当たり前なのかな。
わずかに驚きつつ、迫りくる火球を身のこなしだけで避ける事に集中する。
火球の速度は大したことがない。避けることに問題はない。
その火球をすげてよけきると、リリィは目を丸くしてこちらを見る。
「あれ、全部避けますの!? 流石冒険者ですわね」
そう言って再び火球を出現させる。……あの速度なら、近づくことも可能か。
そう思い、一歩を踏み出そうとしたが、そのままつんのめる。視線を向けると、足が氷によって覆われていた。
火球を目くらましに別属性で足止めか。属性違いで二重魔術起動 詠唱なしだからレベルも足りている。
学生レベルでここまでできるようになるのか。こりゃ専業魔術師なら学園入った方が良さそうだな。
そう思うのも一瞬、火球が俺に迫る。
接触の瞬間、火球が一斉に爆ぜる。爆炎と共に土煙が上がる。
いよいよ周囲の状況が全く見えない状況になる。
「……あれ? 思ったより簡単に直撃しちゃった。大丈夫かしらね」
リリィの声が少し心配そうな声音になる。
騙すようで悪いなぁ。そんなことを思いつつ今度こそ一歩踏み出し、一気に近づく。
土煙を抜けると、そこには驚いたリリィの表情が見えた。
俺は防御用に全身に薄く纏っていた闇の腕をいつものように左腕へと集中、一気に振り抜く。
「……!?」
しかし彼女は一瞬姿が消える。……恐らく瞬間回避の魔術。その魔術の効果により俺の攻撃を避ける。
あれ、便利だなぁ。今度習得するか。
そう思いながらさらに距離を詰め、彼女の喉元に指を当てた。
「はい、お終いだ。これでいいか?」
「……あ……はぁ。わたくしの負けでいいですわ。なんか結局魔術勝負になってない気がしますが」
「火球を防御したのも魔術だし、攻撃も魔術だ。ルール上問題ないな」
「そうはそうですけどね……。この程度で冒険者に勝とうと言うのが間違いでしたわね」
リリィはそういいながら、肩を竦める。表情から険が取れたように柔和な笑顔となった。
「ありがとうございますわ。わたくしの我がままに付き合っていただけて」
「まあ、この学園のレベルがわかったしな。正直レベルの高さに驚いた」
「ふふん。当然ですわね。ともあれヨキさんの素質も段違いですから、ぜひ入学の検討していただければと思いますわ」
「……ま、考えてみるよ」
……もしかして、今までのは全て演技で学園への勧誘が目的だったか?
そう思えるほどの変わり身。いや、単純に俺の能力を認めたという事だろう。
リリィに一礼すると俺はリルムのもとに戻る。そのリルムは満面の笑顔で迎えてくれた。
「お疲れ様! 恰好よかったですよ」
「冒険者だし、あれくらいはできないとな……って魔女さんは?」
いつの間にか魔女さんはいなくなっている。
俺の質問にリルムもああ、と頷く。
「気づいてましたか。決着がついた後、すぐに『学長の所にいきますので、失礼しますわ』って言っていきましたわ」
「なるほど。そっちの用事があったからいたのか。……ま、いいか。じゃあ次どこに行く?」
「そうですねー。次は庭園に行きましょうか。あそこで今、舞踊をやっているはずですよ」
そして俺たちはまた賢者祭の続きを楽しむことにした。




