5-5話 鬼と戦いました
始めの一歩は鬼からだった。振動が地面から伝わり、一瞬体がこわばる。
だが、近接前衛は俺である以上、積極的に前に出る。
余り痛くないといいんだが、こればかりは攻撃を受けてみないとわからない。
”カカカ!! 上等上等!!”
鬼は言葉と共に身の丈の倍ほどの金槌が振るった。
その速さに避けるのは無理と判断。盾を構え受け流す。
――衝突
同時、甲高い不快な音と共に体が浮かび上がる感覚を得、瞬時の判断で盾を手放し前に転がる。
盾の行方に意識は向けない。ただ鬼の態勢のみを視界に入れる。
攻撃直後の硬直時間を確認。振り終わった態勢の鬼に対し、下段から切りかかる。
しかし、その一撃は薄く相手の皮膚を切り裂くのみ。踏み込みが足りなかったか。
鬼が嗤った気がする。躊躇なく振り上げ、こちらを叩き潰さんとする。
しかし、その動きは止まった。
鬼の目のそばに矢が突き刺さっている。――イルミの一撃なのは間違いない。
それと同時、体が高揚する。ステータス状態を確認すると、攻撃力と防御力にバフが掛かっている。
これは、バーゼスさんとマツルの魔術か。
そして視界の端から短剣を装備した女性――クローディアさんが、冷静に鬼の右足へと攻撃を仕掛けていた。
俺も負けていられない。クローディアさんに合わせるように攻撃をしかける。
数合の攻撃、鬼の注意を引くように攻撃を加え続ける。
少しずつ鬼の皮膚からは血が流れ、ダメージを与えられていることは確かに見える。
このままでいけば、勝てるか……?
ペースは変えず、攻撃を加え続ける。ここで変えると隙になって失敗に繋がるのは今までのゲームで経験済み。
ただし、初見のボスでの問題は別にある。
”これは厳しいな……いくぞ!”
鬼の声。今まで片手で持っていた金槌を両手持ちにする。
明らかな強攻撃。パターン変化への対応ができるかどうか。
状況を確認。避ける必要があるが、俺が良ければ、攻撃態勢にあったクローディアに直撃する。
イルミの攻撃は外れ、鬼の態勢を崩すには至らない。後衛二人の魔術は間に合わない。
俺は覚悟を決め、予備の盾を取り出し装備。剣も防御に回し、鬼の一撃に備える。
――そして一撃が来る。
インパクトの瞬間、相手の攻撃の軌道を逸れすことに専念する。
今度は盾を手放さない。鬼の攻撃軌道を変え慣れれば前衛が壊滅する。
明確な浮遊感を感じ、視界がぶれる。鬼が急速に遠ざかる。
いや、違う。これは俺が吹き飛ばされて――
「―――――」
遠くから声が聞こえる気がする。耳鳴りがし、視界が歪んでいる。
これは一瞬か意識が飛んだ、か?
そう認識すると共に、急速に意識が覚醒し同時に全身が痛みを訴えている。
思ったほどではないのは一部痛みのフィルターが残っているのか? しかしやはり痛いものは痛い。
ちゃんと動けるか心配だが……まあ、何とかなるか?
ぼんやりと思っていると、近くからの声がようやく聞こえ出した。
「――キ、……ヨキ君! 大丈夫!?」
それはバーゼスさんの声だった。俺は何とかそれに応える。
「大丈夫。体は動くよ」
「……痛みはどうですか?」
俺の返答にほっとしたのか、バーゼスさんの口調が若干柔らかくなるのを感じる。
「思ったほどじゃない。少なくともフィルターの一部は生きている。が、痛いものは痛いな」
そう告げながら視線を向けると、クローディアさんとマツルが前線に立ち、それを援護する形でイルミが立ちまわっている。
鬼が金槌を振り回すたび、付近の石材が壊れ、大きく避ける事を強いられている。
完全に守勢の状態。このままでは勝てそうにない。
「これ……どうすれば勝てるだろうな」
「一か八かですが、起死回生の強力な一撃を当てるしかないですわね」
バーゼスさんはそう言って、魔力を攻撃力に変換する腕輪を俺に渡す。
「私はこれから魔術の詠唱に入ります。当然無防備な状態になりますわ。同時に恐らくヘイトがこちらに向きますわ。君はその間私を守ってくださいな」
簡潔にこれからの行動指針を示す。俺の役割はつまり肉壁だな。
「魔術に詠唱がいるんだっけか?」
「ちょっとレアスキルを使用する関係で。レベルが足りてないので、補助として必要なのですわ」
「あー。条件が必要なやつか。俺のスキル”自己犠牲”のようなものか?」
「まあ、そういうものですわ」
その言葉に納得する。この状況で起死回生の一撃を撃つにはそこに頼るしかないか。
後は、その一撃の威力次第な所だが、それはやってみないとわからないか。
「……わかった」
「ヨキさん。この腕輪の使い方はわかりますわね」
「大丈夫。魔力込めると攻撃力に変換だよな」
「そうですわ。ヨキさんは純戦士でやっているので今まで魔力消費ですわよね」
「そうだな。まあやってみるさ」
HPの残量は残り1/3程度。先ほどの一撃を直撃したらまず無理だ。
それでもこれしか勝てる方法はなさそうだ。
俺は痛む全身を動かしてみる。やはり痛みは邪魔だと思う。
だが、どこが強くダメージを受けているかもわかるわけで……痛みという感覚は存外ボス戦では重要という事なのかもしれない。
いや、ゲームでそれはやっぱり嫌だな。
俺はバーゼスさんから借りた腕輪を装備し、魔力を攻撃力に変換する。
先ほどの一撃を受けた際に、今まで使っていた剣は壊れていた。
新しく予備の剣を取り出す。少し悩んだが鍛冶屋で買った安い剣を装備する事にした。
攻撃力は腕輪でカバーする以上、必要なのは耐久力。この剣は結局今まで使ってこなかったため、一番耐久力があるはずだった。
俺はバーゼスさんの前に立ち、ゆっくりと鬼の方へと進む。
戦闘になった時、バーゼスさんを巻き込まない距離になった。
同時、バーゼスさんの声が響き始めた。
「深淵にて眠りし千の腕よ。今、我の声に導かれ面前に顕現せん――」
その声はこの戦場においても不思議と通る。敵のヘイトを集めるのはこれの事か。
当然、鬼もすぐにその声に反応する。
”カカカ! 詠唱等するとは5流の魔術師か。しかし目障りだ”
そう言いながら、金槌を振り回す。
クローディアとマツルは間一髪で避け、すぐに反撃しようとするが、
続く鬼の炎の魔術回避のため近づくことができない。
鬼が一歩こちらに近づく。俺はもう一度構え、攻撃の姿勢へ。
その間もバーゼスさんの詠唱は続く。
「縮れ千切れ纏まれ千を壱とし力となして、わが敵を穿て――」
そこで声の調子が若干変わる。彼女の足元に展開していた魔方陣に加え、背後にも別の魔方陣が顕れる。
銀色の髪が魔方陣の光に照らされる。どうやっても目立つ状態になっている。
「絶なる竜よ。幽庵にて揺蕩う竜の意思よ。今我が言葉に呼応せん――」
鬼の様子が変わったのはその直後だった。
今までの余裕の、こちらを嘲笑う表情が消える。
”……多重詠唱は潰さざるを得んな。いくら未熟な魔術師の業とはいえな”
その言葉の共に一気に鬼の速度が加速する。
いままで鬼は遊んでいたらしい事がはっきりわかる。
クローディアとマツルを置き去りに、バーゼスさんへ肉薄する。
しかし、そこには俺がいる。そして、俺の役目は自分が犠牲になってでもバーゼスさんを護る必要があった。
全身が痛むが、それを無視する。皆の足を引っ張る事はしたくない。
”ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア”
邪魔だとばかりに咆哮と共に振り下ろされた一撃を俺は剣で切り払う。
余りの衝撃に全身が軋むが、今度は受け止めきれた。腕輪の機能により、攻撃力が上昇。
防御ではなく金槌へ攻撃することで威力を相殺する。
そして、ステータスの表示に、スキル:自己犠牲が発動している事を確認する。
能力上昇は今の状況ではありがたい。
戦場に一人で残るは一番簡単なスキル発動条件という事か。
たしかに自己犠牲と定義するには今もふさわしい状況だ。
俺は、あくまでバーゼスさんを護るために剣を振るう。
目標は鬼の金槌を握る指。今までで一番鋭いその一撃は鬼の親指を正確に切り飛ばす。
しかし、鬼は武器を手放さない。再び横なぎに振るう。
俺の排除を目的とした一撃なのは理解できる。
だからこそ、俺は、その武器自体に攻撃する。
――激突
俺は全力で踏ん張り、その武器を叩ききる。
切られた武器は速度そのままに飛び出しバーゼスさんのすぐ脇を通過する。
銀の髪がいくつか千切れ、舞っている。ヒヤッとするが、バーゼスさんに微動だにせず詠唱を続けている。
魔方陣が消滅することはない。すでに彼女の後ろには3つ目の魔方陣が出現していた。
”邪魔だ!”
鬼は切られた武器を捨てる。同時、こぶしを武器に使用とし、さらに炎の魔術を発動。
しかし、その魔術は突如消滅する。鬼は今度こそ大きくのけぞった。
見ると、鬼の目には一本の矢が突き刺さっていた。
視界に端にイルミが見える。再び矢を放つため準備をするのが見える。
そして、時間稼ぎは終わる。
「闇なる竜、千の咆哮となりて我が敵を打ち滅ぼせ!」
バーゼスさんの詠唱の終わり、その効果が顕現する。
鬼の周囲に闇色の力が浮かぶ。それは鬼を包むかのように数が増える。
闇の数が増え続け、鬼の姿が見えなくなる。
鬼は抗うように拳を振るい、魔術を放つがそれは闇色の光に相殺され、時に鬼自身を傷つける。
鬼の抵抗に闇色の光が消えることはなく、鬼の姿が完全に見えなくなった時、突如の轟音が発生した。
視界も音も一瞬認識できなくなる。前後不覚になったような感覚。
そして全ての闇が消えた。後に残るのは穴だらけになり、全身から血を流す鬼の姿。
しかし、それでも鬼は立っている。まだ、戦う意思が残っている。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!」
俺はあえて吠える。吠えながら走り、武器を構え、すべての魔力を攻撃力に変換し、そして鬼の眉間へ全体重を乗せ突き刺した。
鬼の驚愕の表情が見える。だが俺はそれを無視し、さらに抉り込んだ。ここにしかチャンスはない。
”……ミ……ゴ……ト”
それが鬼の最後の言葉だった。
鬼が完全に動かなくなり、ドロップアイテムが表示される。
俺はそれを受け取ると、鬼の姿は消えた。中身は後で皆で確認しよう。
そして、俺は振り返る。
見ると、クローディアとマツルが何か言い合いながら歩いてくる。
イルミは、走ってバーゼスさんの元に向かっている。
そのバーゼスさんはと言うと、仰向けにぶっ倒れながら、親指を上に向けて勝利をアピールしていた。
俺も膝をつきながら、しかし心の中は達成感に浸っていた。
「ボス攻略完了!」
俺は叫ぶように宣言する。初見討伐成功の瞬間だった。
そして――
システム:再起動完了。接続オールグリーン
システムの常時と共に、視界にミリンの姿が映った。姿まで映すのは珍しいと思っていると、ミリンから声が届く。
『おい!カリタ殿! 何があったのじゃ! 突然接続が切れて慌てたのじゃ』
……あれ? あれって演出なのでは? いや、ミリンがのじゃロリ口調だからこれも演出か。
しかし、その表情はへの字に曲がり今にも泣きそうだった。
「んー。まあ大丈夫だ。ルームに戻ったら皆で話すよ」
そう言って俺は横になる。すでに痛みは消えていた。
フィルター機能が正常に作動しているのだろう。しかし強い疲労感は残っていた。
もう少し休んでから移動しよう、そう思う事にした。




