暗闇の玉座 03
聖都“シュオール”――。
強固な結界に守られたこの都を訪れる者たちの目的は様々である。商業の都として有名なこの都で商売を始めようとやってくる者もあれば、魔法都市として有名なこの都に魔道を勉強しにやってくる者もいる。またある者は、失われた都“エントゥリアス”への軌跡を辿る為にこの都を訪れるのだった。
現在の聖都“シュオール”を治めているのは、第十七代目の王“白晄王”ウェルビナール・トゥレ・ナシェルダ・オン・シュオールである。白晄王の名にある通り、この王は賢王として名高く、シュオールの民はこの王の納める都に住める事を喜び、王の為にと働き国を支えていた。
白晄王の代になり、シュオールはまさに栄華を極めている。貧民街はこの都にはなく、身分に関係なく実力によってその地位を築ける夢の都――。白晄王が在位されている限り、シュオールの国民の幸せは約束されているとそう誰もが思っていた。
その王の住む宮殿は三つの城壁によって囲われている。裕福な商人たちや魔道士たちが住む一の郭。貴族や城で働く者たちが住む二の郭。そして城にもっとも近く、国の中枢を担う者や、城を守る騎士たちが住む三の郭である。その他の人々は、シュオールの城壁と一の郭の城壁との間に住んでいた。そここそが、この都の中でもっとも賑わい、一番活気のある場所なのであった。
水砂漠から続く城壁を抜けると、まず眼に入るのは大きな広場である。その広場のそこここで、シュオールに着いたばかりの商隊などが、荷下ろしや他の商隊との情報交換などをしているのだった。
大広場の正面には、城へと向けて一本の大きな通りが走っている。辻馬車が六台並走して走れるほどの広さがある大通りの両脇には、所狭しと店が広がっていた。
大通りの他にも、広場から続く道が幾つもある。その道のどこにも人が溢れ、様々な人種が入り乱れていた。
大きな木の木陰で休みながら、遠矢はぼんやりとその人の流れを見つめる。人族…獣人族…妖精族……。まるで出来の良い大型遊園地のアトラクションのようだ――と遠矢は思った。
だが、テレビで見るコスプレ会場のように見えるその景色は、夢でもなんでもなく手の届く現実なのである。異世界トリップなど、小説にしても出来が悪すぎた。
「不安か?」
不意に話しかけられ、遠矢はゆっくりと振り返る。
綺麗に整った顔が、皮肉めいた笑みを浮かべていた。
何と答えればいいのか、ほんの僅かばかり逡巡する。すると、暖かな手が遠矢の頭を乱暴に撫でていった。
「運命の神は、いつでも思いも寄らぬ道を指し示すものさ。お前のように世界を変えられてしまう事もあれば、呪われ死ぬことすら許されず、生きてゆかねばならぬ者もいる――…」
青い瞳が、僅かに揺れる。諦めにも似たリィースの表情に、遠矢は返す言葉が見つからなかった。
物憂げな瞳で通りを見つめる彼の横顔から大通りへと視線を戻すと、ひょこひょことした足取りで楽しげに通りを歩いてくる人影が見えた。
あちこちに向かって長く伸ばされた金色の髪は、獅子の鬣のようにも見える。
目じりの上がったきつい琥珀色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめていた。
獅子…という印象そのままの野生めいた風貌の青年は、いたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべて声を上げる。
「リィース様ぁ~~!!」
大声で名前を呼ばれたリィースは、チッと舌打ちしてやってくる青年を睨み付けた。
「ダリウスお声大きいねぇ」
ファラが同意を求めるように遠矢を見上げる。
成程。先ほどリュゼが探しに行ったのがこの青年であったのか…と遠矢は納得した。
人々の間を縫うように歩いていた青年であったが、段々とその人並みの多さに焦れたのか、タンッと軽くその場で跳躍した。
右側の建物へと向けて五メートルは優に飛び上がると、その壁面に足をつけ壁伝いにこちらへと向けて走ってくる。
それを目にした人々が呆然と立ち止まり、通りは突然の混乱に騒然とした。
「あんのバカッ!」
口汚く罵り、リィースは腕の中の少女を道に降ろすと立ち上がって小さく呪歌を唱えた。
高くもなく、低くもない銀鈴の声音が言葉を紡ぐ。
地に宿りし聖霊よ
汝が庭に幽し風霊ありて
其は悪戯な小さき者
我はその四肢を捕え 此方の御許に降ろさん
すると、壁伝いに広場の前まで近づいてきていた青年が、グラリ――とよろめいた。
「ぬわ! わ…わわわわ……っ!」
大きく手を振り回しながら、青年はそのまま壁から下へと落ちる。
道に激突する寸前、彼は猫のように大きく身体を捻り、ダンッと足音を立てて道路へと降り立った。
「――ってぇ~~~っ」
青年が腰元に差していた剣が、ガシャリと大きな音を立てる。
青年の後ろから人並みを縫って歩いてきていたリュゼが、呆れたような眼差しで青年を見下ろした。
「馬鹿かお前は――。いや、馬鹿だったな。リィース様が目立つ行動がお嫌いな事を忘れるとはな」
冷たいリュゼの言葉に、青年は金色の眼差しに涙を滲ませながら彼を睨み付ける。
「忘れてねぇーよ! ほんっと俺、お前のその嫌味なところが大っ嫌い!」
子供のような言いぐさにも、リュゼは眉ひとつ動かさなかった。
「そうか。それは良かった。私もお前のような単細胞は嫌いだからな」
言いざま、座り込んでいる彼を置いて、リュゼはリィースの元へと歩き去っていく。
「待てよ、この冷血漢!」
慌てて立ち上がり、彼はリュゼの後を追った。
大声で喚く青年の声は辺り一面に筒抜けで、遠矢は見かけによらず随分と子供っぽい人だな…と心の中で苦笑する。
しなやかな足取りで人並みを縫い、リィースの元へと戻ってきたリュゼは、その場に軽く片膝を着き「遅くなりました」と彼に詫びた。その姿はまるで王に仕える騎士のようにも見え、遠矢は思わず見惚れてしまう。
少ししてやってきた獅子のような青年は、近づくなり大声で喚きはじめた。
「酷いですよリィース様ぁ~! 俺が死んだらどうしてくれるんですかぁ!」
「安心しろ。馬鹿は殺しても死なんから」
言われた言葉に、青年はえええ!?――と不満そうに唇を尖らせる。
その彼の金色の瞳が、ふっ――とリィースの隣に立っていた遠矢に気づき、訝しげにジッと見つめてきた。
瞳の瞳孔が、獲物を捕らえた獣のように徐々に細くなってゆく……。
「誰だ――お前…」
先ほどまでの、どこか突き抜けた明るい声ではなく、低く獰猛な声音で彼はそう問うた。
獅子に睨まれているかのような錯覚に、コクリ――と遠矢の喉が鳴る。
震える唇を開いた時、リィースが青年の名前を呼んだ。
「やめろ、ダリウス」
名を呼ばれた途端、スッ――と彼の気配が変わる。
「えええ~でもリィース様ぁ、こいつ怪しくないっスかぁ? 気配がただの人間じゃあないっスよぉ?」
言われ、ギクリ――と遠矢は肩を揺らした。
初めて会った獣人にまで分かるほど、自分は変わってしまったのだろうか?
水砂漠を渡りきる頃には、遠矢の髪は随分と色が薄れ、肌もかなり白くなってきていた。
そして自分からは見えなかったが、瞳も色が薄くなっている…とそうファラは言っていた。
「取りあえず、詳しい話は宿についてからだ――」
リィースに促され、ダリウスの案内で五人は宿へと向けて歩き出した。
昨日アップした文に、続きを書いてアップし直しました。




