92話 同じ形で入る
次の一歩も、同じ形で始まった。
足の置き方を変えない。
呼吸を乱さない。
一歩目は浅く、二歩目で入る。
三歩目は届く時だけ伸ばし、無理なら切る。
そう決めたわけじゃない。
気づけば、毎回そうなっていた。
ルナリアの圧が落ちる。
俺は入る。
一歩。
二歩。
切る。
戻る。
また圧が落ちる。
同じように入る。
一歩。
二歩。
切る。
戻る。
繰り返すうちに、足場の上で動く自分の影まで前と同じ位置を通っている気がした。
凛はもう無理に前へ出ない。
細剣を構えたまま、俺の抜ける先だけを見ている。
雪那は拘束を捨て、氷を足場の補強にだけ使う。
ひなたも踏み込まず、俺の死角を潰すように動いていた。
全員が一歩引いたことで、逆に戦いが崩れなくなっていた。
ルナリアの指が上がる。
一点。
速い。
俺は右から浅く入る。
一歩目。
重い。
二歩目。
抜ける。
そこへ短剣を伸ばす。
届ききらない。
だが、前より近い。
圧が落ちる前に自分から切る。
後ろへ戻る。
ほぼ同時に、凛の声が低く飛ぶ。
「黒崎、左」
視線は大きく動かさない。
体だけを左へ流す。
さっきまでいた位置を圧が穿ち、石床が細く抉れた。
戻る。
息を吐く。
また同じ呼吸になる。
吸う。
止める。
吐く。
その間に一歩目と二歩目が収まる。
考えてやっているわけじゃない。
だが崩れない。
ひなたが思わず声を漏らす。
「……また同じだ」
すぐに次が来る。
今度は広い。
中央を押し潰したあと、遅れて外側を浅く削る圧。
雪那の氷が足場の縁を薄く覆う。
凛が左へ。
ひなたが後方へ。
俺は前へ入る。
一歩。
二歩。
圧の抜けへ滑り込む。
短剣の切っ先がルナリアの肩口を掠め、銀髪が二、三本宙へ舞った。
そこで無理をしない。
三歩目は出さず、切る。
戻る。
戻った位置も、さっきとほとんど同じだった。
雪那が低く言う。
「歩幅が揃ってる」
ひなたもすぐに続く。
「え、今の、さっきと同じ入り方でしたよね」
凛はルナリアから目を切らずに言う。
「戻る位置まで同じね」
言われて初めて、自分でも少しだけ意識する。
確かに同じだ。
踏み込みの深さ。
戻る角度。
息を吐く位置。
全部が似ている。
似せようとしているわけじゃない。
そうしないと崩れるから、身体が勝手にそこへ戻っている。
ルナリアの圧がまた落ちる。
今度は前より少し遅い。
遅いというより、落ちるまでの間が揃っている。
俺は入る。
一歩。
二歩。
切る。
戻る。
また来る。
同じだ。
一歩。
二歩。
切る。
戻る。
デジャヴみたいだった。
見えている景色は同じじゃない。
足場も欠けているし、圧の形も毎回少し違う。
それでも俺の動きだけが、何度も同じ線をなぞっていく。
ルナリアの表情がわずかに変わる。
無機質だった圧に、微かな引っかかりが混じる。
向こうもこっちの入り方へ合わせ始めている。
それでも今は、まだ先に動ける。
俺はまた入る。
一歩。
二歩。
そこで、ひなたの足元が崩れた。
ほんの少しだけ、型がズレる。
視線が切れかける。
助けるために踏み込みを変えれば、さっきまでの形が崩れる。
一拍ぶん迷う。
その瞬間、圧が早くなる。
まずい。
だが、考える前に足が戻った。
いつもの角度。
いつもの深さ。
そこから体を横へずらし、ひなたの腕だけを掴む。
強く引く。
ひなたが流れ、俺は半歩後ろへ切る。
遅れて落ちた圧が、さっきまで二人がいた位置をまとめて抉った。
着地する。
浅い。
けれど崩れていない。
ひなたが息を呑んだまま俺を見る。
「今、途中で変えたのに……」
「変えてない」
口にしたあとで、自分でも少しだけ違和感があった。
ひなたを引いたのは事実だ。
だが踏み込みの形そのものは、ほとんど崩れていない。
雪那が短く言う。
「戻してる」
それ以上は続けない。
説明している余裕はないし、説明したところで意味もない。
ただ、崩れかけても元の形へ戻っている。
意識じゃない。
考える前に足が同じ位置へ置かれる。
ルナリアの指が上がる。
次は細い。
凛の首筋を掠める位置へ落ちる。
俺は横から一歩だけ入る。
凛を押し下げる。
圧が頭上を裂く。
その流れのまま、二歩目でルナリアの懐へ浅く入り込む。
短剣が、今度は確かに布を裂いた。
肩口の衣装が細く裂ける。
血は出ない。
浅い。
それでも届いた。
ひなたが声を上げる。
「今の入ってます!」
「まだ浅い」
返しながら戻る。
呼吸を乱さない。
足を崩さない。
吸う。
止める。
吐く。
また同じだ。
この形なら、繰り返せる。
まだ勝てない。
だが、一回だけの偶然じゃなくなっている。
凛が小さく言う。
「……安定してきたわね」
その一言に、雪那も否定しない。
ひなたも今度ははしゃがない。
下手に気配を乱すと崩れると、もう分かっている。
ルナリアは首をわずかに傾けた。
「面白いのう」
笑っているのに、目は笑っていない。
あれは本人じゃない。
それでも、今のルナリアは確実に俺の入り方を見ている。
向こうも崩れていない。
むしろ、こっちの形に合わせて落ち方を整え始めている。
圧が落ちる。
俺は同じ形で入る。
また戻る。
それを何度か繰り返したあと、ようやく分かったことがある。
戦いが、少しだけ静かになっている。
絶望的な状況は変わっていない。
足場は削れ続け、圧も強い。
一歩ずれれば終わる。
それでも、さっきまでみたいに毎回崩れない。
型がある。
そう言葉にするほどはっきりしていない。
ただ、同じ形で戦い続けている感覚だけが、身体の中に残っていた。
俺は短剣を握り直す。
足を置く。
呼吸を合わせるつもりもないのに、また同じ位置で息が止まる。
次の圧が来る。
今度もたぶん、同じ形で入る。




