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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第4章 空の迷宮

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91話 見るほど遅れる

ルナリアの指が上がるより先に、圧の気配が足裏を撫でた。


俺は入る。

一歩。

二歩。

昨日と同じ歩幅、同じ深さ、同じ戻り方。

その形を崩さないまま、ルナリアの正面へ斜めに滑り込む。


短剣の切っ先が届きかける。

だが、その直前で圧が落ちた。


さっきまでの位置なら抜けられていた。

今回は遅い。

俺は踏み込みを切り、横へ流す。

直後、右肩のすぐ横を見えない重さが通り抜け、背後の石床を深く抉った。


おかしい。


動きは同じだった。

呼吸も、歩幅も、切る角度も変えていない。

それでも今の一歩だけが遅れた。


凛が左から声を飛ばす。



「黒崎、上!」



反射で視線を上げる。

その瞬間、視界の端で足元が沈んだ。


間に合わない。


そう理解するより先に、雪那の氷が靴先の下へ滑り込み、俺の身体を半歩だけ押し上げた。

圧が足場を押し潰す。

砕けた氷片が脛を切り、冷たい痛みが走った。


着地する。

浅い。

危なかった。


雪那が短く言う。



「見る先を増やしすぎ」



言い返さない。

その通りだった。


さっきの「上」という声で視線を切った。

その一拍ぶんだけ、踏み込みの形が崩れた。

圧を避けたんじゃない。

雪那に支えられなければ、その場で潰れていた。


ひなたが顔を強張らせる。



「今の、かなり危なかったですよね……」



凛は細剣を構えたまま、小さく息を吐いた。



「声をかけたのが悪いわね」



「いや」



俺は短く返す。



「助かった」



助かったのは本当だ。

だが、そこに違和感が残る。


見えていた情報は増えた。

それなのに、動きは遅れた。


ルナリアは口元だけで笑う。



「忙しいのう」



目は虚ろなままだ。

視線はこっちへ向いているようで、わずかに外れている。

あの笑みに意味があるのかすら分からない。


次が来る。


今度は広い。

中央を潰し、そのあと外側へ浅く流す圧だ。

凛が左へ流れ、ひなたが後ろへ下がる。

雪那の氷が足場の縁を薄く覆い、崩落の速度だけを遅らせる。


俺は入る。


一歩。

二歩。


そこで、ルナリアの指先を見る。

どこへ落とす。

どの角度で来る。

それを見ようとした瞬間、身体が一拍重くなる。


遅い。


三歩目の前で分かる。

このまま行けば、踏み込んだ位置ごと潰される。

俺は切る。

直後、目の前の石床が丸く沈み、圧壊した破片が跳ねた。


まただ。


見ようとした時だけ遅れる。


ひなたが声を荒げる。



「黒崎さん、さっきと同じ入り方だったのに!」



「同じじゃなくなってる」



凛が言う。



「最後で止められてる」



言われて初めて、自分でも分かった。

二歩目までは揃っている。

三歩目の前だけが崩れる。


雪那が低く言う。



「確認しようとしてる」



短い一言だった。

だが十分だった。


俺はルナリアを見る。

見れば読む材料は増える。

指先、肩、重心、足元の影。

圧の前兆に繋がる情報はいくらでもある。


なのに、その情報を拾いに行った時だけ遅れる。


視線を切る。

確認する。

判断する。


その順番を踏んだ瞬間に、足りなくなる。


凛が低く問う。



「何が見えてるの」



「余計なものまで拾ってる」



口にしたあとで、自分でも少し驚いた。

だが間違ってはいない。


必要なものまで見えているんじゃない。

必要じゃないものまで拾って、動きが鈍る。

見える量が増えるほど、踏み込みが遅れる。


ルナリアの圧がまた落ちる。

今度は速い。

しかも細い。

凛の首筋を掠める位置へ一直線に走った。


俺は反射で入る。

考えていない。

ただ、危ないと思う前に身体が動いた。

浅く、一歩だけ。


凛の肩を押す。

凛が沈む。

その頭上を圧が通り、背後の石柱へ細い穴を穿った。


間に合った。


今のは見ていない。

読んでもいない。

凛の視線が上へ流れた、その気配だけで動いた。


凛が姿勢を戻しながら言う。



「今のは助かった」



「……見てない方が早い」



思わず漏れた声に、ひなたが目を瞬かせる。



「え?」



そこで言葉を止める。

まだ断言できるほど掴んでいない。

ただ、形だけは見え始めていた。


俺が入れる時は、考えていない。

狙ってもいない。

見て確認しようとした時だけ、最後の一拍が遅れる。


雪那の氷が足場を支える。

ひびは止まりきらない。

それでも今は十分だった。


ひなたが大鎌を構え直しながら、少しだけ不安そうに言う。



「じゃあ、見ないで戦うんですか……?」



「無理だ」



即答だった。


足場は崩れ続けている。

ルナリアの圧は一点だけじゃない。

凛もひなたも雪那も、それぞれ別方向から狙われる。

全部を捨てて前だけを見る戦い方は、ここじゃ成立しない。


見ないと死ぬ。

けれど見たら遅れる。


その矛盾だけが残る。


ルナリアが一歩、前へ出る。


たったそれだけで圧の境界が押し広がる。

足場全体が軋み、雪那の氷がまとめて砕けた。

ひなたの着地点が消える。

凛の退路も細くなる。


まずい。


そう思った瞬間、俺は前じゃなく横へ入っていた。

ルナリアへ近づくためじゃない。

ひなたと凛の間に落ちる圧を切るためだ。


一歩。

二歩。


視線はルナリアの指先を追わない。

足場も見ない。

ただ、落ちる前の重さだけを待つ。


来る。


その瞬間にだけ身体をずらす。

圧が真下へ落ちる。

俺はその外側へ抜け、ひなたの腕を掴み、凛の退路へ押し戻した。


助けきれる。

そう思った次の瞬間、別の圧が浅く流れる。


遅い。


俺は踏み切れない。

二つ目まで見ようとしたせいだ。

視線が切れた。

判断が増えた。


そこへ雪那の氷壁が割り込む。

壁は半分しか持たなかったが、その半拍で十分だった。

俺たちはまとめて圧の外へ滑り込む。


着地と同時に息が乱れる。

さっきまでの形が崩れていた。


凛が俺を見る。



「黒崎」



「分かってる」



俺は短く返す。


一つなら入れる。

二つ目を見ようとした瞬間に遅れる。

見えるものが増えるほど、動きは鈍る。


それでも視線を切れない。

切った瞬間、今度は誰かを助け損ねる。


ひなたが息を呑んだまま言う。



「どうするんですか、それ……」



答えはない。


ルナリアの圧はさらに速くなる。

足場の崩れも止まらない。

戦いは成立し始めた。

だが、まだ足りない。


俺は短剣を握り直す。

呼吸を落とす。

同じ歩幅、同じ間、同じ戻り方。


そこまでは形になる。

問題は最後だ。


見てからだと遅れる。

でも、見ないと死ぬ。


その二つが頭の中で噛み合わないまま、次の一歩だけがまた始まっていた。

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