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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第4章 空の迷宮

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90話 俺だけが入る

ルナリアの圧が膨らむたび、足場のひびが増えていく。


広くもない空域は、もう戦う場所じゃなかった。

逃げるたびに削れ、支えるたびに砕ける。

凛と雪那とひなたの位置は散ったまま戻らない。

戻れば、その瞬間にまとめて潰されるからだ。


さっきまでなら、誰かが入れば誰かが合わせていた。

今は違う。

合わせるほど崩れると、全員がもう知っている。


ひなたが血の滲んだ掌を握りしめたまま、悔しそうに言う。



「もう、合わせられません……」



凛はすぐに答えなかった。

細剣を下げないまま、ルナリアと俺の間だけを見ている。


雪那の氷が足場の端を薄く覆う。

補強というより、崩れる速度を遅らせるための処置だ。

防げるとは思っていない。

それでも何もしなければ、その場で落ちる。



「無理に合わせなくていい」



自分の声が、思ったより低く出た。


ひなたが顔を上げる。

凛もこっちを見る。

雪那は視線だけを寄越した。


説明する時間はない。

言葉を重ねれば、その分だけ次が近づく。


ルナリアの指が上がる。

広い圧だ。


俺は先に動いた。

凛が左へ流れる。

ひなたは後ろへ跳ぶ。

雪那の氷が一枚だけ立つ。

直後、中央を面で押し潰す圧が通り、氷壁ごと石床が抉れた。


砕けた破片が跳ねる。

その飛び方を目で追う前に、次の圧が落ちる。

考えてからじゃ遅い。


俺は短剣を握り直した。



「前は俺が見る」



凛が短く息を吐く。



「……分かった」



それだけだった。

反対しない。

もう連携を元に戻せる段階じゃないと、凛も分かっている。


雪那が無駄のない声で言う。



「私は足場だけ支える」



ひなたもすぐに続く。



「私は外から見ます。危なかったら声出します」



その形が、自然に決まった。

誰かが提案したわけじゃない。

崩れた結果として、残った役割がそこだった。


ルナリアは静かに立ったまま、口元だけを歪める。



「減ったのう」



言葉の意味は通る。

だが、気配が噛み合わない。

本当に俺たちを数えているのか、それすら曖昧だった。


俺は正面からは入らない。

半身を切る。

歩幅を狭める。

一歩目を浅く。

二歩目を少しだけ深く。


踏み込むたび、膝の裏へ重さが溜まる。

それでも、前より迷いは少ない。

何をすれば潰れるかを、もう身体が先に嫌がっていた。


一歩目。

重い。


二歩目。

少し抜ける。


そこで無理をしない。

三歩目を出す前に切る。

横へ流す。

直後、さっきまで踏み込むはずだった位置が沈んだ。


いける。


届いてはいない。

それでも昨日までの“偶然”よりは近い。

今の形なら、少なくとも死ぬ前に戻れる。


凛が低く言う。



「黒崎」



声に振り向かない。

振り向けば遅れる。

それでも意味は分かった。

右だ。


ひなたのいた位置へ圧が落ちる。

ひなたは自分で跳ぶ。

そこへ重ねるように別の圧が浅く走る。


俺は右へ半歩だけ切った。

深くは行かない。

その動きに合わせて、雪那の氷が足場の端へ伸びる。

ひなたの着地が安定する。


今の形だ。


俺が入る。

三人は入らない。

支えるだけに回る。


それだけで、さっきまでより噛み合う。


ルナリアの指先がわずかに揺れる。

次は一点。

凛へ落ちる。


分かった瞬間、俺は踏み込んでいた。

正面じゃない。

凛の少し前をかすめる角度で、一歩、二歩。


二歩目の先で、圧の抜けが来る。

そこへ体が滑り込む。

短剣の切っ先が初めて、ルナリアの輪郭へ届きかけた。


届かない。

あとわずかに足りない。

だが近い。


直後、足元が重くなる。

三歩目は死ぬ。

俺は自分から切る。

下がる。

その瞬間、さっきまでいた位置を圧が穿った。


ひなたが息を呑む音が聞こえる。



「今の、めちゃくちゃ近かったです!」



「まだ足りない」



答えながら、呼吸を整える。

速くしすぎると崩れる。

遅くすると圧に追いつかれる。


凛は無理に入ってこない。

代わりに、俺が切った後の空間だけを見ている。

雪那も同じだ。

氷は退路と足場だけに使い、拘束はもう試さない。

ひなたは攻める気配を殺して、俺の死角だけを拾っていた。


戦い方が変わっていた。

四人で押す形じゃない。

俺が前へ出て、三人が戦場を崩れない形に保つ。

それだけだ。


ルナリアの圧がまた落ちる。

速い。

だが、さっきより少しだけ読める。


俺は入る。

一歩。

二歩。

切る。

戻る。


同じだ。


次もまた同じ形で入っていることに、そこで初めて気づく。

意識して合わせたわけじゃない。

だが、歩幅も、踏み込みの深さも、戻る角度もほとんど同じになっていた。


呼吸もだ。


吸う。

止める。

吐く。


その間に一歩目と二歩目が収まる。

三歩目は出さない。

出せる時だけ前へ伸ばす。


ルナリアの指が上がる。

圧が落ちる。

俺は同じ形で入る。


今度は前より深い。

短剣の切っ先が、ルナリアの髪を一筋だけ裂いた。


銀の糸みたいな髪が宙へ散る。


ひなたが声を上げた。



「当たった……!」



正確には掠っただけだ。

だが、初めて届いた。


ルナリアの表情がわずかに揺れる。

無機質だった圧に、微かな偏りが混じる。

対応し始めた。

つまり今の一撃は、完全な無意味じゃなかった。


だが次の瞬間、その場の重さが一段増す。

足首まで沈むような圧。

今までと同じ形では抜けきれない。


俺は踏み込みを途中で切る。

無理に押せば潰される。

戻る。

雪那の氷が遅れて足場を支え、凛が俺の退路に入る圧を細剣で流すようにずらす。

ひなたは何も言わない。

叫ばない方がいいと、もう分かっている。


呼吸が少し荒くなる。


それでも、戦いの形は見えた。


四人で同時に入れば崩れる。

だが俺だけなら、まだ形になる。

三人が支えるだけに回れば、その形は少しずつ安定する。


完璧じゃない。

まだ足りない。

一歩ずれれば終わる。

それでも、戦闘になっていなかったさっきまでよりは前に進んでいる。


ルナリアがゆっくり首を傾けた。



「来るのう」



その声は静かで、どこか嬉しそうでもあった。

本人の感情じゃない。

それでも、今は確かに俺へ向いている。


俺は短剣を構え直す。

足の置き方を変えない。

呼吸を乱さない。

さっきと同じ深さ、同じ角度、同じ戻り方だけを身体に残す。


この形なら、まだ生き残れる。


そう思った瞬間、次の踏み込みがもう始まっていた。

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