84話 vs土精霊②
俺は接続点から視線を外さない。
土精霊が腕を持ち上げる。
地面が唸る。
次の踏み込みで、この足場ごと潰すつもりだ。
遅い。
そう判断した瞬間には、もう動いていた。
真正面には入らない。
沈み込む場所を外し、振動の返りだけを使って前へ出る。
土精霊の拳が落ちるより先に、足場の沈む順番を踏む。
背後で轟音が弾けた。
岩片が頬を掠める。
だが見ない。
見る意味がない。
次に来るのは左だ。
拳じゃない。
脚側からの隆起。
半歩。
さらに半歩。
遅れて、さっきまでいた場所を岩の柱が突き抜けた。
カメラが追ってくる。
コメントが流れる。
「なんで当たらない?」
「黒崎だけ動きおかしい」
「全部見えてんのか?」
全部は見えていない。
必要なものだけで十分だ。
土精霊が踏み込む。
右脚。
地面の圧が外へ逃げる。
その返りで左側の岩壁が立ち上がる。
俺は剣を低く構えたまま、その隙間を抜ける。
壁が閉じる。
背中の後ろで石が砕ける。
近い。
重さが近い。
だが、まだ届かない。
届かせる必要もない。
こいつは大きいだけだ。
本体は別の場所にある。
もう一度、足場が沈む。
今度は広い。
全体を呑み込むつもりだ。
俺は走らない。
沈む前に、一歩だけ斜めへ入る。
足裏へ返る振動を拾う。
そこで向きを変える。
同時に、地面の下で魔力が絞られる。
来る。
視界の奥で、細い点が浮かんだ。
クリティカル解析。
一瞬だけだ。
呼吸一つで消える。
次も見えるとは限らない。
だが十分だ。
点は土精霊の胸にはない。
脚にも頭にもない。
人型を支える魔力が、地面の下で一点に束ねられている。
そこから全身へ流れている。
俺は踏み込む。
最短距離。
だが、土精霊の腕が振り下ろされる方が早い。
外す。
そう判断した瞬間、刃先をわずかにずらした。
ほんの紙一枚分。
その修正だけで、落下軌道の外へ抜ける。
妙な違和感が残る。
今の修正は、少し早かった気がした。
だが考えない。
今は切る方が先だ。
剣を滑らせる。
狙うのは表面じゃない。
地面と繋がる流れ、その一点。
浅い。
刃が石を裂く。
だが手応えは硬い。
届いていない。
同時に、視界が揺れた。
焦点がぶれる。
二度目は使えない。
今ここでもう一度点を見ようとすれば、判断が落ちる。
外せば終わる。
土精霊の再構築が始まる。
さっき斬った場所を中心に、岩が盛り上がる。
腕が戻る。
肩が繋がる。
だが、遅い。
一拍だけずれている。
十分だ。
俺は左足を沈ませる。
さっき真似た踏み込み。
完全じゃない。
それでも、振動の返り方は変えられる。
足元の石が一瞬だけ深く沈む。
その変化で、接続点へ流れる魔力がわずかに偏る。
土精霊の再構築が止まる。
今だ。
俺は深く入る。
拳が振り上がる。
遅い。
岩壁も来る。
だが順番はもう読めている。
右。
左。
下。
全部無視して、一点へ剣を突き込む。
硬い。
だが、通る。
手応えが変わった。
石じゃない。
流れそのものを裂いた感覚がある。
次の瞬間、土精霊の輪郭が崩れた。
腕が落ちる。
肩が割れる。
頭部が沈む。
人型が維持できなくなる。
それでも終わらない。
地面の下で、最後の再接続が走る。
別の場所へ繋ぎ直そうとしている。
しぶとい。
俺は剣を引かない。
裂いた接続の内側へ、さらに刃を押し込む。
角度を変える。
逃げ道を塞ぐ。
足場全体が震えた。
遅れて、周囲の岩が同時に崩れる。
土精霊の胸が落ちる。
脚が砕ける。
最後に残っていた核みたいな重さが、下へ抜けた。
成立しない。
その言葉通りに、形が終わる。
人型だったものが、ただの岩塊へ戻っていく。
魔力の流れも切れた。
再構築は来ない。
ようやく終わった。
カメラが正面へ回る。
コメントが一気に流れた。
「終わった!?」
「何した今」
「速すぎて分からん」
「黒崎だけ別ゲーだろ」
俺は息を吐く。
剣先から砕けた石が落ちる。
視界がまだ少し揺れている。
足元も、ほんのわずかに遠い。
二度目を見なかった判断は正しかった。
土精霊が完全に崩れる。
残った岩も砂みたいに砕け、足場へ散った。
地面と繋がっていた重さだけが、遅れて消える。
その瞬間だった。
中央空域のルナリアの周囲で、空間が大きく軋んだ。
今までで一番深い。
距離が狂う。
浮遊島の位置が一瞬でずれる。
近いはずの端が遠くなり、遠いはずの影が急に目前へ迫る。
遅れて、重力まで傾く。
制御機構が、全部消えた。
それで安定するわけじゃない。
逆だ。
抑えていたものが全部剥き出しになる。
空間そのものが、崩れ始めている。
俺は剣を下ろす。
中央を見る。
もう精霊はいない。
残っているのは、本体だけだ。
歪みの中心で、ルナリアの輪郭が静かに揺れていた。
ここから先は、土精霊みたいに壊して終わる相手じゃない。
それでも、やることは変わらない。
勝てる方法を選ぶだけだ。
俺は短く息を吐いた。
「……成立しない」




