83話 vs土精霊①
俺の前で、土精霊はゆっくりと形を成した。
足場が盛り上がる。
岩が押し上げられ、積み重なり、人型になる。
大きい。
重い。
そして遅い。
だが、その遅さは隙にならない。
近づいた瞬間に終わると分かる質量だった。
土精霊が一歩踏み出す。
足場が沈む。
遅れて振動が走る。
俺の足元にまで、時間差で重さが届いた。
攻撃はまだ来ていない。
それでも十分だ。
剣を抜かない。
構えない。
視線を落とし、土精霊じゃなく地面を見る。
読む前に動けば負ける。
それだけは最初から確定していた。
遠くで歪みが鳴る。
他の戦闘はもう終わっている。
残っているのは、ここだけだ。
土精霊がもう一歩踏み込む。
地面が裂ける。
割れ目が走る。
途中で角度が変わる。
俺は半歩だけずれた。
遅れて、さっきまで立っていた位置が持ち上がる。
岩の槍が突き出した。
カメラが寄る。
コメントが流れる。
「黒崎なにしてる?」
「攻めないのか?」
「今の避け方おかしいだろ」
反応しない。
足元。
振動。
魔力の流れ。
表面はどうでもいい。
腕も肩も頭も、全部あとから作り直される。
なら、壊す場所は別にある。
俺は一度だけ前へ出た。
真正面じゃない。
右へ外す。
拳が振り下ろされる。
遅い。
だが広い。
さらに外へ回る。
拳が足場を砕く。
破片が跳ねる。
その衝撃が、脚側へ同時に伝わる。
偏りがある。
想定通りだ。
剣を抜く。
一度だけ振る。
狙うのは胴じゃない。
脚と地面の繋ぎ、その外側。
刃が石を擦る。
浅い。
削れたのは表面だけだ。
だがその瞬間、再構築が一拍だけ遅れる。
肩の形成がわずかにずれた。
「やっぱりそこを通してる」
本体は人型じゃない。
核でもない。
地面と接続している一点。
そこから全部を組み上げている。
土精霊の攻撃は大振りに見える。
だが本当に危険なのは拳じゃない。
踏み込みに合わせて地形そのものが噛みついてくる。
拳が振り下ろされる前に沈む場所。
遅れて隆起する場所。
割れ目が伸びる順番。
全部に規則がある。
見えているのは表面だけだ。
本体は足場の下で、ずっと動いている。
もう一度、土精霊が踏み込む。
今度は真正面からだ。
重さが集まり、空気が低く唸る。
遅れて膝下の岩が太くなる。
踏み込みに合わせて地面の奥で魔力が脈打つ。
そこから肩へ、腕へ、拳へ。
順番に持ち上がる。
逆だ。
拳が起点じゃない。
下から組み上がっている。
なら、壊すべきなのは最後に見えている形じゃなく、最初に流れ込む場所だ。
足元が沈む。
遅れて岩の柱が斜めに突き上がる。
俺は踏み切る。
振動の返りを利用して身体を浮かせる。
柱の起点を外し、その横へ着地する。
着地の瞬間、足元がわずかに沈んだ。
今の踏み込みは、さっき見た動きに似ている。
そのまま一歩だけ踏み込む。
体重を遅らせる。
地面へ圧を返す。
ほんのわずかだが、同じ沈み方になる。
一瞬だけ、着地が早かった気がした。
だが結果は噛み合っている。
今のは再現じゃない。
ただ似ただけだ。
精度も持続も足りない。
それでも十分だ。
カメラが寄る。
コメントが跳ねる。
「今の何?」
「地面の動き同じだったぞ」
「真似てる?」
聞かない。
振動の通り道。
圧の返り。
魔力の集まり方。
全部が繋がる。
岩壁が閉じる。
俺は走らない。
閉じる速度より、地面の返りの方が早い。
左足をずらす。
半歩。
沈みが変わる。
その変化に合わせて身体を抜く。
岩壁が背中の後ろでぶつかった。
もし視線を上げていたら潰されていた。
だが見る場所はそこじゃない。
見える形に意味はない。
意味があるのは、支えている流れだけだ。
土精霊が踏み込む。
左右から岩壁が立ち上がる。
挟み潰す軌道。
俺は中央へ一歩入る。
遅れて沈む。
その沈み方を見て、右へ半歩。
左の立ち上がりが一瞬だけ遅れる。
接続点に負荷が偏る。
全部が繋がっている。
なら、壊す場所は一つでいい。
視界の奥で、魔力の流れが細く絞られる。
一瞬だけ、点になる。
クリティカル解析。
視界の奥に、細い点が浮かぶ。
だがすぐに消える。
呼吸一つで見失う程度の時間しかない。
今のは見えた。
だが次も見えるとは限らない。
それでも位置は残る。
地面の下。
人型の中心じゃない。
接続点。
そこへ届けば終わる。
土の遅さは偽装だ。
本当に速いのは、地下を走る接続だけだった。
そこはもう読めている。
剣を下ろす。
まだ振らない。
土精霊が腕を持ち上げる。
地面が唸る。
次の踏み込みで、この足場ごと潰すつもりだ。
だが、遅い。
接続点から視線を外さず、静かに言った。
「……勝てる」




