77話 vs火精霊①
火精霊は、立っているだけで周囲を爆ぜさせていた。
人型をしている。
だが輪郭は燃焼そのものだ。
一歩近づくたびに、空気が弾ける。
音が遅れて来る。
熱だけが先に頬を焼いた。
周囲の音が薄れる。
爆発の直前だけ、奇妙に静かになる。
その後で、一気に世界が弾ける。
雪那は呼吸を整え、静かに手を上げる。
指先から氷糸が伸びる。
見えないほど細い線が、空間を走った。
『氷糸結界』。
いつもの勝ち筋。
先に盤面を支配し、動きを止める。
火精霊が踏み込む。
糸に触れる。
次の瞬間、爆発した。
白い閃光。
遅れて衝撃。
張り巡らせた糸が、触れた箇所から連鎖的に焼き切れる。
さらに一歩。
爆発が重なる。
足場が耐えきれず、崩れた。
浮遊島の一部が崩落する。
砕けた岩塊が下へ落ち、途中で空気ごと爆ぜた。
雪那は即座に後ろへ滑る。
足場の端を蹴り、崩れた面を避ける。
だが熱は逃げない。
止まらない。
制御が追いつかない。
このままでは盤面を握れない。
「……止まらない」
火精霊が腕を振る。
軌跡そのものが爆ぜる。
空間が裂け、熱が押し寄せる。
雪那は半歩だけ横へずれる。
直後、さっきまで立っていた位置が抉れた。
遅れて爆風が叩きつける。
避けても安全じゃない。
逃げでは削られる。
正面拘束は捨てる。
「正面は無理」
雪那は一度だけ視線を切る。
次の瞬間、足元に薄い氷鏡が広がった。
鏡面が砕ける。
そこから雪那と同じ輪郭が三つ、別方向へ走った。
『氷鏡分身』。
火精霊の進路が一瞬だけぶれる。
中央ではなく左へ寄る。
分身へ食いつく。
誘導成立。
雪那はその隙に氷糸を張り直す。
捕縛ではない。
爆発の向きを逃がす角度で、浅く、細く。
火精霊が糸に触れる。
爆ぜる。
炎が正面へ広がらない。
斜め上へ流れる。
熱の通り道が、一瞬だけ制御された。
視界の端にカメラが滑り込む。
雪那を捉え、すぐに別方向へ向かう。
コメントだけが残る。
「雪那うまい」
「止めてる?」
「いや逸らしてるだけ」
止めてはいない。
だが削れている。
起点は作れる。
雪那は右手を返す。
空気が凍る。
踏み込みの頂点に合わせる。
「氷牢・静」
火精霊の下半身が一気に白く染まる。
氷が食い込み、燃焼の形を押し固める。
拘束成立。
雪那の魔力が一気に流れる。
ここで盤面を奪い切る。
「捕まえた」
左手で霜を走らせる。
足元から凍結が広がる。
床を白く塗り、逃げ場を削る。
『霜界侵食』。
拡張開始。
だが、伸び切らない。
凍結内部が膨らむ。
外からではない。
内圧。
「……内側」
次の瞬間、内側から爆発した。
氷牢が砕ける。
霜界侵食も途中で途切れる。
広がり切る前に、白が焼け落ちた。
分身が一体、消し飛ぶ。
二体目も熱波で溶ける。
残った一体も視界の端で砕け散った。
拘束は意味がない。
内部から破る。
止めても再燃する。
火精霊は止まらない。
むしろ、さっきより燃えている。
拘束を受けたことで、密度が上がっている。
雪那は距離を取る。
だが離れるほど、爆発の範囲が伸びる。
安全圏がない。
呼吸のたびに熱が肺へ入る。
低温で奪うはずの盤面が、逆に塗り潰される。
静の支配が崩れる。
またカメラが来る。
一瞬だけ映り、すぐ離れる。
コメントだけが残る。
「無理じゃね?」
「火おかしい」
「雪那でも押されてる」
無秩序ではない。
偏りがある。
糸に触れた角度。
分身へ向いた踏み込み。
侵食が焼かれた位置。
全部が同じではない。
流れがある。
雪那は最後の分身を前へ走らせる。
同時に本体は斜め後ろへ。
さらに極細の氷糸を低く一本だけ張る。
一点で跳ねる。
火精霊が分身へ食いつく。
爆ぜる。
その爆圧が、低く張った糸で僅かに跳ねた。
熱がずれる。
踏み込みが半歩だけ外へ流れる。
「通る」
雪那はそう判断し、もう一度だけ氷牢を重ねる。
今度は全身ではない。
踏み込んだ右足のみ。
「氷牢・静」
白が走る。
足首が止まる。
軸がぶれる。
勝ち筋。
その直後、足元から爆発が突き上げた。
凍結した右足を起点に、火が逆流する。
氷を媒体にして、内側から膨らむ。
雪那は咄嗟に後ろへ跳ぶ。
遅れる。
袖が焼ける。
頬に熱が走る。
着地と同時に、視界がわずかに揺れた。
消耗が速い。
配置が最適ではない。
単独では非効率。
それでも退かない。
火精霊がまた踏み込む。
爆発密度が上がる。
空間そのものが赤く軋む。
雪那は糸を張る。
逸らす。
凍らせる。
足りない。
制御はできる。
完全停止ができない。
熱の波が頬を撫でる。
髪の先が焦げる。
指先の氷糸が、じりじりとほどけていく。
それでも、目は逸らさない。
止める。
止めるしかない。
雪那はわずかに息を吸う。
視線を火精霊の踏み込みへ合わせる。
次で決める。
そう判断した。




