76話 四つの戦場
土の巨体が、目の前でゆっくりと形を固めていく。
顔のない人型。
だが圧だけで分かる。
正面からやれば潰される。
しかも、こいつは逃げ道そのものを固定してくる気配があった。
俺は一歩だけ横へ流れる。
直後、地精霊の腕が落ちた。
足場が陥没する。
遅い。
だが重い。
直撃していれば、それで終わっていた。
床が沈む。
破片が跳ねる。
重力障壁まで震える。
向こうには行けない。
なら、この領域の中で読むしかない。
視界の端で光が揺れた。
追尾カメラだ。
俺を捉え、すぐに別方向へ飛ぶ。
コメントだけが一瞬残る。
「地かよ」
「硬そう」
「主人公きつくね?」
次に映ったのは凛だった。
光点が風に煽られながらも、無理やり彼女を追っている。
風精霊は輪郭すら曖昧だ。
薄い人型が、空気の歪みとしてそこにいる。
凛が踏み込む。
斬る。
当たらない。
いや、当たる前に位置がずれる。
凛の背後へ、もういる。
短剣が振り向く。
雷が走る。
空を焼くだけだ。
斬撃の軌道だけが残る。
コメントが跳ねる。
「速すぎ」
「見えてないだろこれ」
「風やばい」
カメラはさらに離れる。
次はひなた。
薄い水膜の上で、大鎌を構えている。
正面には水精霊。
ひなたが振る。
水が裂ける。
戻る。
足元から水が絡む。
振りほどく。
水槍が飛ぶ。
肩が弾ける。
それでもひなたは前に出る。
踏み込む。
振る。
だが振るほどに、間合いがずれる。
当てに行くほど、動きが単純になる。
攻めるほど、外れる。
コメントが流れる。
「無効か?」
「水ずるい」
「ひなた危ない」
カメラがまた飛ぶ。
最後は雪那。
火精霊は、人型というより燃焼そのものだった。
一歩近づくたびに、空気が爆ぜる。
雪那の氷糸が広がる。
細い線が空間を切る。
火精霊が触れる。
爆発。
糸が焼ける。
だが、その一瞬で進路だけはずれる。
雪那はさらに線を増やす。
少しずつ、火の動きを狭めていく。
押し返されながらも、選択肢だけは削っている。
コメント欄が荒れる。
「火力高すぎ」
「雪那でも押し込まれてる」
「でも止めてる」
カメラが戻ってくる。
地精霊の拳がもう一度落ちる。
俺は足場を蹴る。
真正面からは受けない。
一度でも受けに回れば、そのまま領域ごと固定される。
重いだけじゃない。
こいつは場そのものを保っている。
崩しても戻る。
削っても埋まる。
壁の向こうで、風が唸る。
別方向では水が弾ける音。
さらに遠くで、爆発が続く。
全員が押されている。
誰一人、優勢じゃない。
四つとも、こちらの動きを読んでいるように見える。
コメントが切り替わる。
「みんな相性悪くね?」
「いや役割あるだろ」
「精霊ごとに性質違いすぎる」
その一文が、妙に残った。
偶然か。
それとも偏りか。
ただ、ばらばらなのに、噛み合っているようにも見える。
地精霊が踏み込む。
足場が鳴る。
俺は崩した場所へ誘導する。
その時だった。
遠く。
中央の空域。
重力障壁の向こう側で、ルナリアの髪がわずかに揺れた。
風はない。
それでも、揺れた。
次の瞬間、火精霊の爆発が強くなる。
遅れて風精霊の位置ズレが増える。
水の拘束が深くなり、地精霊の踏み込みが重くなる。
連動しているように見える。
だが、確信はない。
そう見えるだけかもしれない。
分かるのは、精霊だけを見ていれば対応が遅れるということだけだ。
コメントが一気に流れる。
「今の何?」
「本体揺れた?」
「精霊強くなってない?」
地精霊の腕が振り下ろされる。
俺は横へ滑る。
同時に足場を蹴る。
重い。
だが、その奥にわずかな歪みがある。
一定じゃない。
中心が揺れている。
意味は分からない。
ただ、違和感だけが残る。
火も、風も、水も、地も。
全部が別の敵に見えて、別の敵じゃない。
そんな気配がある。
これは普通の分断戦じゃない。
精霊を倒して終わる戦いには見えない。
俺は息を整える。
次の一撃を待つ。
見る。
まだ、分からない。
見誤れば、全員まとめて終わる。
今は読む。




