48話 日本最強が消えた迷宮
流動迷宮から脱出したが、コメント欄の熱は更に上がっていく。
さっきより明らかに速い。
画面の上半分が文字で埋まる。
日本語、英語、それ以外の言語。
翻訳が追いつかない速度で流れていく。
同時視聴者数が更新される。
81234。
「ちょっと待ってください!? 8万って何ですか!?」
ひなたが叫ぶ。
俺は画面を見たまま答える。
「まだ増える」
凛は一瞬だけ確認し、すぐに視線を外した。
通知が止まらない。
クリップ生成、急上昇、おすすめ掲載。
その中に、見慣れない表示が出る。
【世界トレンド:Observer】
「え、ちょっと待ってください……世界トレンドって人生で聞く言葉じゃないんですけど!?」
コメント欄が一斉に流れる。
「それな」
「人生イベント更新」
「おめでとう観測者」
凛が短く言う。
「現実」
その一言で十分だった。
空気が変わる。
コメントの質が変わる。
速さはそのままに、内容が重くなる。
「再現できてない」
「過去ログと一致しない」
「同じボスじゃない」
指が止まる。
過去ログ。
その言葉が引っかかった。
「同じルートで全滅した記録あるやつ」
「再現不能ダンジョンの挙動」
ひなたが画面を覗き込む。
「再現不能って何ですか?」
凛が答える。
「攻略記録はある。でも、再現できてない」
コメントが反応する。
「スカイラビリンス」
「空の迷宮案件」
その直後、通知が表示された。
【探索者協会】
【対象:黒崎悠斗】
【戦闘データ:優先監視対象に指定】
空気が一瞬で冷える。
コメント欄が止まり、次の瞬間に爆発した。
「ガチで来た」
「監視対象は草」
「指名依頼来るぞこれ」
ひなたの顔が固まる。
「え、え……? これやばいやつじゃないですか……?」
凛は小さく息を吐く。
「……見られてる」
それだけ言って、少しだけ視線を落とす。
ほんの一瞬の間。
「……友人の配信者が行った」
ひなたが顔を上げる。
「え?」
「戻ってない」
説明はない。
だが、それで足りる。
コメント欄がざわつく。
「配信者か」
「マジかよ」
さらに流れる。
「さっき有名人で失踪者のニュース出てた」
「VTuberのルナリア・ラビットが中層で通信途絶らしい」
ひなたが息を呑む。
「そんな……
Sランクで探索者協会のNo.1が?」
凛が続ける。
「その人よ。何度かコラボしたことあるけど、私より遥かに強い」
雪那が補足する。
「日本最強なのは確かね。世界で見ても五指に入るわ」
俺はスマホを見たまま、こめかみを押さえる。
痛みは残っている。
そして、あの感覚も。
一点だけが浮かぶ感覚。
消えていない。
奥に、確かに残っている。
雪那が静かに口を開いた。
「さっきの一撃は、空の迷宮と同じ」
ひなたが振り返る。
「え?」
「再現できない攻略。それを成立させる戦い方」
コメントがざわつく。
「繋がった」
「だからか」
雪那は続ける。
「前例はある。でも、理解されていない。同じことをしても、同じ結果にならない」
俺は目を閉じる。
見えた。
だが、理解していない。
再現できる保証もない。
それでも。
あの感覚は、消えていない。
理解できないまま終わるのが、一番気持ち悪い。
コメントが流れる。
「行くのか?」
「Observerならいける?」
「帰ってこいよ」
ひなたが俺を見る。
「……どうするんですか?」
視線が集まる。
凛も、雪那も、何も言わない。
俺は空を見上げる。
雲の向こう。
ここから見えるわけではない。
だが、確かに存在している。
――空の迷宮。
日本最強の探索者が失踪したダンジョン。
死ぬかもしれない。
だが、答えはそこにしかない。
俺は目を細める。
言葉は出さない。
ただ、視線だけを向ける。
コメント欄がざわつく。
「決めたな」
「顔で分かる」
「やる気だろこれ」
凛が短く言う。
「……まだ早い」
ひなたが息を呑む。
「ですよね……」
雪那が静かに続ける。
「このまま行けば、死ぬだけよ」
俺は何も答えない。
ただ、空を見る。
そしてあの感覚は消えない。
なら答えは、もう出ている。
だが、それを口にするのは、まだ早い。




