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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第5章 雷の王女

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137話 位置の支配

白石の身体が床を滑り、片膝をついた。


黒雷が乱れている。

頬には、ルナリアの肘を受けた赤みが残っていた。


広間は一瞬、音を失った。

ひなたが壁際から呆然と声を漏らす。



「今、何が起きたんですか?」



雪那は氷を展開したまま、目を細めていた。



「わからないわ。速すぎて、凛が飛ばされた結果しか見えなかった」



俺も完全に追えていたわけじゃない。

だが、見えたものはある。


白石が消える直前、移動先に細い放電が走っていた。

本体より先に、雷だけがほんのわずかに空間へ触れていた。


ルナリアはそれを見た。

そして、そこへ先に肘を置いた。



「たぶんだけど、雷の先行放電を利用して、ルナリアがカウンターした。速すぎるから完全には追えていなかったが……移動先だけは読めたんだと思う」



ひなたが信じられないものを見る顔で、ルナリアを見る。



「ルナリアさん、ほぼ初見でそんなことをしていたんですか?」



俺は答える前に、自分ならできたかを考えた。


放電を見る。

移動先を読む。

そこへ身体を置く。


理屈は分かる。

だが、無理だ。

俺なら理解した瞬間には、もう白石の攻撃を受けている。



「俺には無理だ。見えたとしても、身体が間に合わない」



その言葉を口にした瞬間、ルナリアの格が改めて重くのしかかった。


同じものを見ているわけじゃない。

同じ速さで判断しているわけでもない。


あれは、Sランク探索者として積み上げた経験と、重力と幻惑を同時に扱える技術があって初めて成立する対応だった。

コメント欄はまだ混乱している。



「何が起きた?」


「凛さん飛んだ?」


「見えたやついる?」


「ルナリア何したの?」


「Sランクってこういうこと?」



ルナリアは配信用の笑みを崩さない。

だが、その視線は白石から一度も外れていなかった。



「凛ちゃん、まだ続けるかの?」



白石は答えない。

片膝をついたまま、ゆっくり立ち上がる。

黒雷が頬の赤みをなぞるように弾けた。


痛みへの反応ではない。

怒りでもない。


失敗を修正するための処理。

そう見えた。


白石の瞳から、また揺らぎが消えていく。

黒雷が濃くなる。


床が焦げ、壁に走った金属製の補助具が小さく火花を散らした。

配信用の映像が一瞬だけ乱れる。


視聴者の歓声と悲鳴が、さらに白石へ集まっていく。

その視線を受けるたび、黒雷の輪郭が深くなる。



「排除失敗。出力不足」



白石が小さく呟いた。

それは白石の声だった。


けれど、白石の言葉には聞こえなかった。

俺は短剣を握る指に力を込める。

今の白石は、自分で選んでいない。


中にある何かが、ルナリアを危険と判断し、次の手順を組み立てている。


ルナリアが剣を下げた。



「なら、少しだけ本気で相手をしてやるかの」



その瞬間、広間の重さが変わった。

重域。


目に見えない圧が床へ落ちる。

空気が沈み、黒雷の走る速度がわずかに鈍った。


白石はすぐに動いた。


雷速。

姿が消える。

だが、今度は消えた先がずれた。


ルナリアの正面に現れるはずだった白石が、半歩外へ弾かれる。

足元に重力の歪みがあった。


それでも白石は止まらない。


黒雷を噴き上げ、強引に重域を裂く。

床に焦げ跡が走り、圧力の層がひび割れるように揺れた。


速さだけで押し切ろうとしている。


いや、押し切れるだけの出力が、さらに上がっている。

ルナリアの笑みが少しだけ細くなる。



「ふふ、やるのう」



そこへ幻惑が重なる。

ルナリアが一人、二人、三人に見える。


残像ではない。

本体の位置そのものを信用できなくする幻惑だ。


白石の雷断が、ルナリアの肩を裂く。


そう見えた。

だが、斬られたのは虚影だった。

本物のルナリアは、白石の斜め後ろにいる。



「速いのは認めるぞ。じゃが、立つ場所を間違えておる」



白石が振り返る。

黒雷が一斉に弾けた。

雷閃の連射。


ルナリアは避けない。


風の膜で逸らし、水の障壁で受け、重力の層で落とす。

残った火花は幻惑の光に吸われ、位置を見失わせる霧のように広がった。


白石が再び消える。

今度は背後。


だが、ルナリアは振り向かない。


軽化で身体を浮かせ、重踏で空中に足場を作る。

足元にあるはずのない一歩を踏み、白石の攻撃線から外れる。


白石の細い短剣が空を裂いた。

その直後、白石の身体がわずかに沈む。


重圧。

一瞬だけ、黒雷の動きが鈍った。

だが、止まらない。


白石は沈んだ膝を無理やり伸ばし、雷そのものに変わるように前へ出る。

重圧の外へ、身体を引き千切るみたいに抜けた。


黒雷が広がる。

ルナリアの虚影がまとめて焼け落ちた。

コメント欄がまた荒れる。



「まだ動くのかよ」


「凛さん止まらない」


「ルナリアでも止めきれない?」


「いやルナリア余裕ある?」


「どっちも化け物」



雪那が低く呟く。



「重力を破った……?」



「破ったんじゃない」



俺は白石を見る。



「無理やり抜けたんだ。壊れながらでも、前に出てる」



その言葉が、自分の胸にも刺さった。


白石の中にあるものは、勝ちたいんじゃない。

守りたいんでもない。


排除する。

それだけだ。

ルナリアが剣を構え直す。



「困った子じゃのう。なら、次で終わりじゃ」



白石が反応する。


雷速。

今までで一番速い。

先行放電が床、壁、天井へ同時に走る。


移動先がひとつではない。

複数の候補を同時に作っている。


俺には読めない。

白石がどこへ出るのか、最後まで絞れない。

だが、ルナリアは動いた。


視界撹乱。

認識遅延。

偽景。


広間そのものが、一瞬だけ信じられないものになる。


床が遠くなる。

壁が近くなる。

ルナリアの位置が、白石の中でずれる。


雷速で突っ込んだ白石は、正しい位置へ向かったはずだった。


しかし、そこにルナリアはいない。

代わりに、重力の足場があった。

白石の踏み込みが、わずかに沈む。


一瞬。

それだけで十分だった。


ルナリアが踏み込む。

西洋剣の刃は使わない。

柄だ。


剣の柄が、白石の鳩尾へ正確に入った。

音は重くなかった。

けれど、白石の身体から力が抜ける。


黒雷が一瞬だけ膨らみ、抵抗するように弾ける。

ルナリアはそのまま左手を白石の肩へ置いた。



「眠っておれ、凛ちゃん」



重圧が一点に落ちる。

白石の膝が折れた。


黒雷が暴れる。

床を焦がし、壁を削り、空気を焼く。


だが、もう広がらない。

重力が押さえ込んでいる。

幻惑が黒雷の認識を散らしている。


白石の中の何かが、次の対象を探そうとしている。

その認識を、ルナリアがずらしている。


白石の瞳が一瞬だけ揺れた。

冷たい静けさの奥に、凛本人の色が戻りかける。



「……私、は」



声は小さかった。

ルナリアの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなる。



「大丈夫じゃ。今は寝ておけ」



白石の指先から黒雷がこぼれ落ちる。

左腕に残っていた黒い筋が薄れ、短剣が床へ落ちた。


金属音が広間に響く。

白石の身体が前へ傾く。

俺は反射的に動こうとした。


だが、ルナリアの方が早かった。

白石の身体を抱き止める。


黒雷は完全には消えていない。

細い火花のように左腕に残っている。


それでも、白石の目は閉じていた。

意識が落ちている。

配信のコメント欄は、もう混乱しきっていた。



「止まった?」


「凛さん大丈夫?」


「ルナリア強すぎる」


「今の何だったんだ」


「誰か説明して」


「医療班早く」



ひなたが息を詰める。



「凛さん……」



雪那は氷を消さないまま、静かに近づいた。



「終わった、の?」



俺は白石を見る。


黒雷は弱まっている。

意識もない。


だが、嫌な感覚は残っていた。

それでも、この場の戦闘は終わった。


ルナリアは白石を支えたまま、配信用の笑みを作る。

けれど、その目は笑っていない。



「眷属たちよ、安心せよ。凛ちゃんは妾が預かる」



その声で、ようやく広間の空気がわずかに緩んだ。

白石凛は、ルナリアの腕の中で意識を失っていた。

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