132話 予期できぬ決着
白石の指先に走った黒い雷は、すぐに消えた。
それでも、広間の空気は戻らなかった。
桐崎はまだ立とうとしている。
俺が手首を押さえているのに、力任せに前へ出ようとしていた。
槍はもう完全に制されている。
体勢も崩れている。
勝負としては終わっている。
それでも、桐崎の目はまだ勝利だけを見ていた。
白石は自分の左手を見下ろしている。
さっきの黒雷が何だったのか、本人にも分かっていない顔だった。
玲奈が震える声を出す。
「凛さん……今の、何ですか?」
白石はゆっくり顔を上げる。
「問題ない」
その言葉は、いつも通りだった。
だが、問題ないはずの左手から、細い雷が漏れていた。
白い雷の中に、墨を垂らしたような黒い筋が混じっている。
コメント欄が一気に騒がしくなる。
「今の黒かった?」
「凛さんの雷?」
「バグ?」
「新スキル?」
「空気変わった」
配信の数字が跳ね上がっていく。
今まで桐崎と俺の勝負を見ていた視聴者の意識が、一斉に白石へ向いた。
切り抜き映えする異常。
強さの匂い。
新しい何か。
その視線が、また白石へ集まっていく。
俺は嫌な感覚を覚えた。
見られている。
白石だけが、強く、正しく、異常なものとして見られている。
白石の左腕が小さく震えた。
痛みではない。
それに近いが、違う。
内側で何かが勝手に動き、神経の上をなぞっているような違和感があるのだろう。
白石の表情が、一瞬だけ歪んだ。
それでも、すぐに消える。
感情を表に出す必要がないと判断したみたいに。
「……継続可能」
白石が小さく呟く。
誰に向けた言葉でもない。
自分自身を確認するための言葉に聞こえた。
ルナリアの顔から、軽さが消えていた。
「それ、駄目」
ひなたがルナリアを見る。
「駄目って……?」
「使っちゃ駄目なやつ。たぶん、今はまだ」
ルナリアの声は低い。
いつものからかいも、余裕もなかった。
桐崎が、俺の手を振り払おうとした。
「邪魔すんな……俺は、まだ……」
「桐崎、動くな」
俺は手首を押さえる力を強める。
それでも桐崎は止まらない。
負けた事実が、頭に入っていない。
いや、入っていても拒絶している。
玲奈が泣きそうな声で叫ぶ。
「隼人! もうやめて!」
美咲も前へ出た。
「本当に終わりだって! もう勝負ついてる!」
桐崎は二人を見なかった。
俺でもない。
その視線は、なぜか白石へ向く。
自分と同じ異常を見つけたみたいに。
まだ勝てる理由を、そこに探しているみたいに。
白石が振り返った。
その瞬間、広間の空気が変わった。
音が薄くなる。
雷鳴はなかった。
爆発もなかった。
ただ、白石の左腕を走っていた雷が、静かに黒く染まる。
床に細い焦げ跡が走った。
俺は咄嗟に桐崎から手を離し、横へ飛ぶ。
桐崎は動けなかった。
黒い雷が、一本の線になって弾けた。
直撃。
桐崎の体が後方へ吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、槍が手から離れた。
鈍い音が広間に響く。
玲奈の悲鳴が遅れて重なった。
「隼人!!」
桐崎は床へ崩れ落ちた。
動かない。
意識はあるかもしれない。
だが、もう立ち上がれない。
桐崎戦は、そこで完全に終わった。
なのに、誰も勝利を喜ばなかった。
白石が、自分の左腕を見ていた。
「……え?」
小さな声だった。
「今の、私が……?」
初めて、白石の声が揺れた。
攻撃する意思はなかった。
桐崎を倒そうとしたわけでもない。
ただ振り返った。
ただ雷が漏れた。
それだけで、桐崎が吹き飛んだ。
コメント欄が爆発する。
「黒雷!?」
「何これ」
「桐崎吹き飛んだ」
「凛さんやばい」
「新技?」
「かっこいいけど怖い」
「配信止めた方がよくない?」
同接の数字がさらに跳ねる。
運営側の通知も視界端に流れた。
安全確認。
医療班要請。
配信継続判断中。
だが、視聴者の熱は止まらない。
白石はその熱の中心に立っている。
黒い雷は一度消えた。
だが、左腕には薄い痺れが残っているようだった。
白石は指を動かし、眉をわずかに寄せる。
俺は観察する。
魔力の流れ。
スキルの起点。
雷属性の変質。
だが、綺麗に繋がらない。
魔力だけじゃない。
スキルだけでもない。
何か別のものが、白石の認識に触れている。
見ようとすると、視界の端がわずかにぶれる。
情報が噛み合わない。
俺は奥歯を噛んだ。
分からない。
今の黒雷は、観察しても形が掴めない。
ルナリアが一歩前に出る。
「凛ちゃん、動かないで」
白石はルナリアを見る。
「私は、何をしたの」
「たぶん、まだ分からない方がいいやつ」
「答えて」
白石の声が少し冷えた。
ルナリアは答えない。
雪那が氷を薄く展開する。
ひなたも大鎌を構え直した。
敵に向けた構えではない。
白石が次に何をするか分からないから、自然にそうなった。
その事実に、ひなた自身が傷ついたような顔をする。
白石の視線がひなたへ向く。
一瞬。
その場にいる全員の位置が、白石の中で整理されたように見えた。
危険度。
距離。
動作。
最短行動。
白石の瞳に、黒い雷が細く走った。
「……なんで」
白石が呟く。
「分かるの」
俺は息を止めた。
白石はまだ暴走していない。
敵になったわけでもない。
だが、今までとは違うものが見えている。
世界が、白石に答えを差し出している。
いや。
答えだけを選ばせようとしている。
左腕の黒雷が、もう一度だけ小さく弾けた。
その瞬間、白石の表情から迷いが薄れていく。
ルナリアが低く言う。
「悠斗くん、まずいよ」
俺は短剣を握り直す。
桐崎は倒れた。
けれど、問題は終わっていない。
視線の先で、白石凛が静かに立っていた。
黒い雷を左腕に残したまま。
まるで次に何を切ればいいのか、もう分かってしまったみたいに。




