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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第5章 雷の王女

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129話 桐崎の暴走


桐崎の笑みが、今までで一番大きく歪んだ。

床を蹴る音が、広間に響く。


速い。

重い。

荒い。


その全部が、さっきまでより一段上がっていた。


槍の穂先が一直線に迫る。

俺は横へ動き、刃の腹で軌道をずらす。


衝撃が腕に残る。

だが、もう受ける場所は分かっていた。


呼吸が止まる瞬間。

重心が前へ沈む瞬間。

視線が退路へ流れる瞬間。


ばらばらだった点が、線になり始めている。


桐崎は止まらない。


突き。

横薙ぎ。

返しの突き。


一撃ごとに床が削れ、砕けた石片が足元を跳ねる。

模擬戦のはずなのに、攻撃の重さが明らかに過剰だった。


コメント欄がざわつく。



「桐崎速くなってない?」


「火力やば」


「これ模擬戦だよな?」


「黒崎まだ避けてる」


「なんか怖い」



桐崎は笑っていた。


楽しいから笑っているわけじゃない。

勝てると信じているからでもない。


当たらないことが、理解できなくなっている顔だった。



「なんでだよ」



槍が横から来る。


俺は半歩だけ下がる。


穂先が胸元をかすめ、空を切った。



「なんで当たらねえ!」



桐崎の声が荒くなる。


その声に合わせて、踏み込みもさらに深くなった。

強引に距離を詰め、槍を叩きつける。


床が割れる。

亀裂が広がる。

石片が飛び、観戦していた玲奈が肩を震わせた。



「隼人、もうやめて! これ以上は危ない!」



桐崎は聞かない。

玲奈の声は届いているはずなのに、反応がない。

目の前の勝負以外が、全部遠くなっている。


美咲も端末から顔を上げていた。



「ちょっと、隼人。さすがに今のは……」



「黙ってろ」



短い声だった。

美咲の表情が強張る。


桐崎は槍を握り直し、また笑った。

その笑いは、さっきよりも荒い。


白石は動かない。

無表情のまま、桐崎と俺の距離を見ている。

玲奈の震えにも、美咲の戸惑いにも反応しない。


やがて、静かに口を開いた。



「戦闘継続可能。致命的損傷なし」



玲奈の顔から、さらに血の気が引いた。


その言葉に悪意はない。

ただ、必要な判定だけを置いた声だった。


だからこそ冷たい。


俺は短剣を構えたまま、呼吸を整える。


見えた。


まだ勝ちではない。

だが、桐崎の攻撃がどこから崩れるかは分かる。


力が増えた分、踏み込みが深すぎる。

勝ちたい気持ちが先に出る分、視線が早く流れる。

当たらない焦りが、戻しをさらに雑にしている。


強くなったことで、弱点も大きくなっている。



「黒崎ィ!」



桐崎が叫ぶ。

槍が突き出される。

俺は左へ避けると見せて、あえて内側へ入った。


桐崎の目がわずかに開く。

予想していなかった位置だ。


短剣を振る。


刃は桐崎の胸元を裂かない。

戦闘ジャケットの襟だけを、薄く切った。


布が舞う。


桐崎の動きが一瞬止まった。

広間の空気も止まる。

コメント欄が遅れて爆発した。



「今当てた?」


「服だけ切った?」


「反撃できたのに切らなかった?」


「黒崎、見えてる」


「桐崎止まったぞ」



桐崎は自分の胸元を見た。

斬られていない。

傷もない。


だが、当てられた。

それだけで十分だった。


桐崎の顔から笑みが消える。

次の瞬間、別の笑みが浮かんだ。

怒りと興奮が混ざった、ひどく歪んだ笑みだった。



「……やるじゃねえか」



声は低い。

だが、肩が震えている。


恐怖ではない。

歓喜でもない。

勝てない可能性が見えた瞬間に、それを拒絶するための震えだった。



「でも、まだだ」



桐崎が槍を構える。



「俺はまだ負けてねえ。俺の方が強い。俺の方が上だ。俺が勝つ。勝つんだよ」



言葉が増えていく。

自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

玲奈が青ざめる。



「隼人……」



美咲も息を呑む。

白石は無表情だった。


桐崎の変化にも、玲奈の震えにも反応しない。

ただ、戦闘継続可能かどうかを測るように見ている。


その視線が、逆に異常だった。

ルナリアが小さく息を吐く。



「あーあ」



ひなたが大鎌を握る手に力を込める。



「ルナリアさん……?」



「結構まずいね、これ」



ルナリアの声は軽かった。

けれど、口元には笑みがなかった。


桐崎が動いた。


さっきまでより速い。

だが、荒い。


床を蹴る力が強すぎる。

踏み込みの角度が深すぎる。

槍が俺に届く前から、桐崎の身体が前へ流れている。


俺は避ける。


槍が背後の壁へ刺さる。


桐崎はすぐに引き抜こうとするが、力任せに突き込んだせいで一瞬だけ抜けが遅れた。


隙。

普通なら、ここで終わる。

だが、俺はまだ踏み込まない。


桐崎の目が血走っていた。

傷つければ止まる段階ではない。


俺は短剣を構えたまま、名前だけを呼ぶ。



「桐崎」



「お前が俺を止めるのか?」



桐崎が槍を引き抜く。



「下に見てたやつが、俺を? ふざけんなよ」



声が震えている。


怒りだけじゃない。

焦り。

拒絶。

執着。


それが混ざっている。

コメント欄も、もう盛り上がりだけではなかった。



「桐崎どうした?」


「目やばい」


「これ止めた方がよくない?」


「笑ってるの怖い」


「模擬戦じゃないだろこれ」



玲奈はもう応援していなかった。


ただ桐崎を見ている。

怖いものを見るように。


それでも、桐崎は笑う。

槍を構える。


呼吸が乱れている。

重心は前へ落ちている。

視線は俺だけを捉えているようで、その実、勝利という一点に吸い寄せられている。


俺はそこで、戦闘技術とは別の違和感を見た。


桐崎の動きの奥に、何かがある。

強化ではない。

ただの興奮でもない。


勝ちたいという感情だけが、無理やり膨らまされているような不自然さ。


それが、桐崎の輪郭を少しずつ歪めている。

白石の合理化とは違う。


これは、闘争そのものへの偏りだ。

桐崎が叫ぶ。



「勝つんだよォ!!」



槍が振り上げられる。


今までで一番大きい。

今までで一番荒い。


そして、今までで一番読みやすい。


俺は息を吐いた。

桐崎の動きは、もう全部見えている。

だが、ここで終わらせるには、まだ一手足りない。


桐崎の暴走は、もう表に出ている。

次は、それを崩す番だった。

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