123話 攻略ではなく処理
雷速の切り抜きは、配信中にもかかわらず拡散されていた。
視界端のARに、短い動画のタイトルが次々と流れてくる。
凛、雷になる。
瞬間移動級の斬撃。
桐崎パーティー、完全に仕上がる。
数字は伸びている。
同時接続も、勝敗予想も、桐崎パーティー側へ傾いたままだった。
それでも、画面越しに伝わってくる空気は軽くない。
桐崎パーティーは次の区画へ入った。
目の前には3つの分岐がある。
普通なら、罠の有無を確認し、敵の気配を拾い、どのルートが安全かを相談する場面だ。
白石は足を止めなかった。
「左。戦闘3。右は遠回り。中央は無視」
それだけだった。
桐崎は迷わず左へ進む。
美咲は炎を準備しながら後ろへつく。
玲奈も一拍遅れて続いた。
誰も確認しない。
白石の答えに、全員が身体を合わせている。
左通路へ入った瞬間、壁際から魔物が3体飛び出した。
白石の言葉通りだった。
桐崎が先頭で槍を振るう。
その半秒前に、美咲の炎が敵の逃げ道を塞いでいた。
玲奈の補助は桐崎が踏み込む直前に入り、白石の雷は敵の動線だけを細く断つ。
無駄がない。
美咲の炎は派手だ。
桐崎の槍も強い。
玲奈の補助も的確だった。
だが、全員が自分で考えて動いているようには見えない。
白石が置いた答えに、身体だけが遅れず反応している。
コメント欄が流れる。
「綺麗すぎる」
「AIみたい」
「効率エグい」
「会話少なくね?」
「強いけど怖い」
称賛の言葉が、人間から遠ざかる方向へずれていく。
俺たちも別ルートを進んでいた。
雪那が氷で敵を止め、ひなたが防護を重ねる。
俺は魔物の踏み込みを読み、短剣で軌道を外す。
こちらの戦闘には声がある。
ひなたが俺を見る。
雪那が魔力の残量を伝える。
俺が次の動きを返す。
その一拍が、数字の上では遅さになる。
でも、その一拍がなければ、俺たちは互いを見失う。
「なんか、息苦しいです」
ひなたが小さく言った。
画面の向こうで、桐崎パーティーは次の敵を処理している。
「分かる」
雪那が珍しく即答した。
「迷いがないわね」
「違う」
俺は首を横に振った。
「迷ってないんじゃない。迷うことを許してない」
言葉にして、自分でも少し寒くなった。
白石は判断している。
けれど、その判断の中に、立ち止まる余白がない。
怖いと思う時間も、確認する時間も、仲間の顔を見る時間も、全部不要として落としている。
強い。
だからこそ、危ない。
次の戦闘で、玲奈がわずかに遅れた。
桐崎が敵の爪を肩に受ける。
深い傷ではない。
だが、血が跳ねた。
玲奈が反射的に回復を飛ばそうとする。
その瞬間、白石の声が落ちた。
「回復不要。進行優先」
玲奈の手が止まる。
桐崎は笑っていた。
「この程度、いらねえよ」
美咲も前を見たまま言う。
「玲奈、凛さんの判断でいいよ。今止まる方がもったいない」
玲奈は杖を握りしめた。
傷は浅い。
確かに、今すぐ回復する必要はない。
それでも、仲間が傷ついた瞬間に手が動くのは、ヒーラーとして当然の反応だ。
白石は玲奈を見た。
怒ってはいない。
責めてもいない。
ただ、進行に必要のない動作を見つけたような目だった。
「消耗率は許容範囲。次」
玲奈の顔が、はっきりと強張った。
桐崎パーティーは進む。
桐崎は楽しそうだった。
敵を倒すたびに、笑みが深くなる。
踏み込みも、槍の振りも、前より鋭い。
美咲は数字を見ている。
同接、コメント、評価。
伸びているものが、今のやり方を正しいと証明している。
白石はそのすべてを最短へ押し流す。
玲奈だけが遅れていた。
足ではない。
感情が追いついていない。
コメント欄にも変化が出始めていた。
「ずっと空気重い」
「誰も笑ってない」
「玲奈ちゃん大丈夫?」
「凛さん目怖くね?」
「でも強いんだよな」
強い。
その一言が、全部を黙らせる。
俺は奥歯を噛んだ。
桐崎パーティーの前に、大型の魔物が現れた。
背中に硬い甲殻を持つ四足型。
普通なら距離を取り、足を潰してから本体へ入る相手だ。
美咲が息を吸う。
「これ、少し時間かかるかも」
桐崎が槍を構えた。
「正面から――」
「5秒」
白石の声が、それを遮った。
桐崎が笑う。
「いいねえ」
美咲は即座に炎を広げる。
玲奈は補助を重ねる。
桐崎は正面ではなく、白石が視線だけで示した左前脚へ踏み込んだ。
1秒目。
美咲の炎が四足型の視界を塞ぐ。
2秒目。
桐崎の槍が左前脚の関節を砕く。
3秒目。
白石の雷が背中の甲殻の隙間を撃つ。
4秒目。
玲奈の補助を受けた桐崎が、崩れた本体へ槍を突き込む。
5秒目。
魔物が倒れた。
本当に5秒だった。
コメント欄が一瞬止まる。
次に、爆発した。
「え?」
「終わった?」
「早すぎ」
「5秒って言った?」
「怖い怖い怖い」
「これ攻略じゃなくて処理だろ」
広間には、勝利の余韻がなかった。
桐崎はすぐに槍を引き抜く。
美咲は次のスコアを確認する。
白石はもう奥の扉を見ている。
玲奈だけが、倒れた魔物と白石を交互に見ていた。
誰も喜ばない。
誰も息を整えない。
誰も、今の戦闘を振り返らない。
ただ次へ進む。
それが最短だから。
ひなたが画面を見ながら、震える声で言った。
「強いのに……全然、嬉しくなさそうです」
ルナリアが小さく笑う。
「最短って、便利な言葉だよね。楽しいとか怖いとか、全部置いていける」
「白石は、速くなってるんじゃない」
俺は画面の中の白石を見た。
その横顔に、感情はほとんどない。
次に必要な情報だけを拾う目だった。
「削ってるんだ」
迷いを。
恐れを。
会話を。
立ち止まる理由を。
そしてたぶん、自分が傷ついていることへの感覚さえ。
白石がこちらの画面を見ることはない。
同じ配信内にいるのに、俺たちの存在は今の彼女の判断に含まれていないようだった。
次の扉が開く。
白石の目が、ほんの一瞬だけ無機質に光った。
人の目というより、答えだけを吐き出す処理装置のように見えた。
俺はその視線を見て、はっきり理解した。
このまま進ませれば、白石はもっと速くなる。
もっと正しくなる。
そのたびに、戻るための余白を削っていく。
桐崎パーティーは無言のまま、次の通路へ進んだ。
足音だけが揃っていた。
揃いすぎていて、気味が悪かった。




