122話 不完全な雷速
白石の雷が消えたあとも、画面の端にはしばらく残光が焼きついていた。
天井付近にいた遠距離型の魔物は、声を上げる間もなく床へ落ちている。
細く走った雷の線だけが、白石の移動した跡を示していた。
「今なに?」
「消えた?」
「速すぎる」
「雷になった?」
「見えなかったんだけど」
コメント欄は一気に加速した。
ひなたは言葉を失っていた。
雪那も、いつもの冷静な表情のまま目だけを細めている。
俺は画面から目を離せなかった。
白石の踏み込みは見えていた。
細剣へ指を添える動きも、足元に雷が走る瞬間も見えていた。
それでも、途中が抜けた。
動き出した瞬間から、斬り終えた後までが繋がらない。
目で追えなかったのではない。
認識の途中に、白石が存在していない空白が挟まったような感覚だった。
桐崎パーティーの画面では、桐崎が楽しそうに笑っている。
「今のいいじゃねえか、白石。もっと使えよ」
美咲も興奮を隠せない様子で、端末のコメント欄を見ていた。
「これ絶対切り抜き伸びるって。今の一瞬で同接跳ねたよ」
白石は細剣を下げたまま、淡々と周囲を確認している。
「移動効率上昇を確認。戦闘時間短縮に有効。継続可能」
技を披露した声ではなかった。
自分の身体を使った処理結果を、ただ確認しているだけの声だった。
玲奈だけが少し遅れて口を開く。
「凛さん、今の……身体、大丈夫なんですか?」
「問題ない」
白石は即答した。
玲奈はそれ以上言えなかった。
問題ない。
その言葉が、何も確認していないまま返されたように聞こえた。
俺たちの前にも魔物が現れる。
雪那が氷で足場を止め、ひなたが防護を重ねる。
俺は短剣で敵の進路をずらしながら、白石の画面を視界の端に残した。
ルナリアが横で、軽く口笛を吹く。
「身体を雷属性側へ寄せてるね。かなり攻めたことするじゃん」
「危ないのか」
俺が聞くと、ルナリアは肩をすくめた。
「普通は崩れるよ。身体って、そんなに都合よく雷になって戻れるものじゃないし」
「白石は戻ってる」
「今はね」
短い返事だった。
軽い口調のままなのに、そこだけ妙に冷たい。
桐崎パーティーは次の通路へ進んでいた。
前方から中型の高速魔物が3体走ってくる。
脚が長く、壁を蹴って立体的に動くタイプだ。
桐崎が槍を構える。
「俺がやる」
白石が首を横へ振った。
「時間がかかる。私が処理する」
桐崎の笑みが一瞬だけ強くなる。
「いいねえ。見せてみろよ」
白石は返事をしなかった。
細剣を構え直す。
足元に雷が走る。
今度は、視聴者にも分かった。
白石の身体がぶれる。
空気が白く震え、雷の残光だけが通路を斜めに裂いた。
1体目の首が落ちる。
2体目の脚が切られる。
3体目が壁へ跳んだ瞬間、その背後に白石が現れていた。
遅れて雷鳴が鳴る。
魔物が床へ落ちた後で、白石の髪がふわりと戻った。
「速すぎる」
「もう瞬間移動じゃん」
「人間やめてる」
「凛さん最強」
「いや怖いって」
コメント欄が爆発する。
美咲が笑った。
「やば、これ本番で出せるなら勝ち確じゃない?」
「勝つ」
桐崎が即答する。
「この速度なら、全部押し切れる」
その声には、白石を心配する色がなかった。
新しい武器を見つけた時の高揚に近い。
白石も、それを否定しない。
「進行効率は上がる」
玲奈が何か言いかける。
だが、美咲が先に端末を見せた。
「玲奈、見て。同接すごい。今の一撃でまた伸びた」
玲奈は画面を見た。
数字は確かに伸びている。
コメントも称賛で埋まっている。
けれど、玲奈の顔色は悪くなるばかりだった。
戦闘が終わった直後、白石が止まった。
細剣を下げたまま、通路の中央で完全に静止する。
一秒。
二秒。
三秒。
表情は変わらない。
呼吸も乱れていない。
ただ、視線だけがどこにも合っていなかった。
玲奈が小さく呼ぶ。
「……凛さん?」
白石が瞬きをした。
遅れて焦点が戻る。
「問題ない。進行継続」
何もなかったように歩き出す。
桐崎は気にしていない。
美咲はコメント欄を追っている。
視聴者の多くも、今の停止を演出かラグだと思ったらしい。
だが、俺は見ていた。
白石が止まったあの数秒は、疲労ではない。
痛みに耐えた反応でもない。
身体と神経と判断が、雷速のあとで一瞬だけ噛み合わなくなっていた。
思考だけが先へ行き、身体の輪郭が遅れて戻ってきたようなズレだった。
それなのに、白石本人は止まったことを異常として扱っていない。
「黒崎さん……今、止まりましたよね」
ひなたが小声で言った。
「ああ」
雪那も画面を見つめる。
「本人に自覚がないのが問題ね」
ルナリアは頬杖をついたまま、白石の背中を見ていた。
「速いって便利だよね。遅れた部分まで置いていけるから」
「置いていける?」
「怖さとか、痛みとか、止まる理由とか。置いていける気がするんだよ」
その言葉に、胸の奥が冷えた。
白石は強くなっている。
それは間違いない。
だが、その強さは、何かを置き去りにして成立している。
「かっこよすぎ」
「雷速って呼ぼうぜ」
「凛さん無双」
コメント欄はまだ盛り上がっていた。
その中に、別の言葉が少しずつ混ざる。
「表情変わらないの怖い」
「今止まった?」
「機械みたい」
「大丈夫なの?」
称賛と不安が、同じ速度で流れていく。
桐崎パーティーは次の広間へ向かっていた。
白石は先頭ではない。
だが、全員が白石の判断を待っている。
玲奈だけが、少し離れて白石の横顔を見ていた。
桐崎が槍を肩に担ぐ。
「最強じゃねえか。これなら負ける理由がない」
白石は歩きながら答える。
「最短だから使っているだけ」
その返事で、空気が少しだけ冷えた。
楽しいからではない。
勝ちたいからでもない。
強くなったから見せたいわけでもない。
最短だから使う。
それだけ。
遠くで、ダンジョン内の雷鳴のような音が響いた。
白石の目が、ほんの一瞬だけ暗く沈む。
黒く染まったように見えたのは、雷の残光のせいかもしれない。
それでも俺は、その一瞬を見逃せなかった。
白石はすぐにいつもの無表情へ戻る。
何も起きていないように、次の敵の位置を見ている。
俺は短剣を握る手に力を込めた。
雷速。
それは強さだった。
同時に、白石が自分の身体からさえ、余計なものを削り始めた証拠に見えた。




