121話 開戦
翌朝、協会の特設ゲート前は、前日よりも明らかに熱を持っていた。
合同高難度検証配信、2日目。
大型モニターには、両パーティーの成績が並んでいる。
到達時間、被弾数、討伐数、視聴者評価。
数字だけを見れば、桐崎パーティーが大きく上回っていた。
コメント欄も、開始前から流れが速い。
「今日も桐崎側だろ」
「凛さんの指示やばかった」
「黒崎側も悪くないけど差がある」
「ルナリアいるからワンチャン?」
「企業側完成されすぎ」
ひなたは杖を抱えたまま、画面を見上げている。
雪那は表情を変えずに、前日のログをもう一度確認していた。
ルナリアは俺の横で、興味深そうにモニターを眺めている。
「完全に挑戦者扱いじゃん。いい顔してるね、みんな」
「楽しそうに言うな」
「だって、そういう顔してるし。数字で負けてる時の人間って、分かりやすいんだよね」
ルナリアは幻惑魔法を使用して声が俺の配信に入らないようにしている。
空の迷宮から彼女を救ったとはいえ、トップVtuberが1人の男と楽しそうに会話しているところを配信するのは色々面倒になるからだ。
俺らにだけ聞こえる軽い声だった。
だが、見ている場所は間違っていない。
俺たちは、数字では負けている。
それは認めるしかない。
けれど、今日見るべきものは勝敗だけじゃない。
白石がどこまで削れているのか。
桐崎がどこまで燃えているのか。
それを見誤れば、次に崩れるのは戦闘だけでは済まない。
ゲートが開く。
2日目の対抗戦が始まった。
桐崎パーティーは、開幕から速かった。
先頭の桐崎が迷わず踏み込む。
その斜め後ろに美咲がつき、炎で横の通路を塞ぐ。
玲奈は後衛で魔力を温存し、必要な補助だけを差し込んでいる。
そして白石は、その後ろにいた。
細剣を抜くことすら少ない。
前には出ない。
だが、全員の動きが白石を基準に組み上がっていた。
「左。切る」
その一言で、美咲が左通路へ炎を走らせる。
魔物の影が見えた瞬間には、もう退路が塞がれていた。
「5秒後、右上」
桐崎が笑う。
「見えてんのかよ」
言いながらも、桐崎は右上へ槍を払った。
飛びかかってきた小型の魔物が、空中で串刺しになる。
血が飛ぶ前に、美咲の炎が焼き払った。
無駄がない。
凛の言葉は短い。
説明もない。
確認もない。
それなのに通じる。
コメント欄が跳ねた。
「なんで分かるの?」
「未来見えてる?」
「指示短すぎて逆に怖い」
「桐崎パーティー強すぎ」
俺たちも別ルートを進んでいた。
雪那が氷で魔物の足を止め、ひなたが防護を張る。
俺はObserveで敵の踏み込みを読み、短剣で進路をずらす。
遅くはない。
けれど、桐崎パーティーの映像と並ぶと、こちらには一拍がある。
ひなたの息を確認する一拍。
雪那の魔力を待つ一拍。
敵の動きに合わせて、互いが言葉を交わす一拍。
数字にはロスとして出る。
だが、その一拍をなくした時、何が残るのかを俺はもう知っている。
「速いんじゃない」
俺は呟いた。
ひなたがこちらを見る。
「え?」
「白石は、速く考えてるんじゃない。迷ってないんだ」
普通なら、状況を見る。
選択肢を並べる。
判断して、指示を出す。
白石は、その段差がほとんどない。
状況から答えまでが一直線すぎる。
Observeで見れば見るほど、それが異常だと分かる。
桐崎パーティーの画面で、広い部屋へ入った。
敵は6体。
正面に装甲兵型が2体。
左右の壁際に射撃型が4体。
厄介な配置だった。
白石の視線が一度だけ走る。
「装甲無視。射撃先」
桐崎が正面へ走りながら笑う。
「普通は逆だろ!」
「射撃の方がロスが大きい」
白石の返答は平坦だった。
美咲の炎が左右へ広がる。
射撃型の視界を塞ぎ、桐崎がその隙に一体を叩き潰す。
装甲兵が前へ出た瞬間、白石の雷が足元だけを撃った。
倒さない。
止めるだけ。
その間に、桐崎の槍が次の射撃型を貫く。
すべてが噛み合っていた。
美咲が明るく声を上げる。
「今日すごくない!? このペースなら最短更新いけるよ!」
「当然だろ」
桐崎は笑って、さらに前へ出る。
敵を倒すたび、桐崎の笑みが深くなっていく。
踏み込みも速くなる。
攻撃も重くなる。
強い。
以前より間違いなく強い。
だが、倒した敵へもう一撃入れる癖が出始めていた。
必要のない追撃。
勝った後まで熱が残っている。
玲奈だけが、それを見ていた。
回復魔法を構えたまま、撃つべきか迷っている。
桐崎は無傷に近い。
でも、止めるべきかもしれない。
その迷いが、画面越しにも伝わった。
コメント欄は称賛で埋まっている。
「火力えぐい」
「桐崎ノってるな」
「凛さんの指示が完璧」
「美咲ちゃんも強い」
その中に、別の声も混じり始めた。
「なんか怖くね?」
「効率良すぎて息苦しい」
「玲奈だけ顔硬い」
「人間味ないな」
視聴者も気づき始めている。
強い。
速い。
完成されている。
その一方で、何かが薄い。
桐崎パーティーは部屋を抜けた。
玲奈が小さく言う。
「少し、休憩しない?」
桐崎が振り返る前に、白石が答えた。
「不要。消耗率は許容範囲。進行優先」
玲奈の表情が固まった。
「でも、隼人の呼吸が……」
「戦闘効率に影響なし」
白石は玲奈を見た。
見ている。
だが、その目は玲奈を気遣っていない。
回復役としての機能が保てるかを測っているだけに見えた。
美咲が少し困ったように笑う。
「玲奈、大丈夫だって。今止まる方がもったいないよ」
桐崎も槍を肩に担ぐ。
「このまま潰すぞ。差を広げる」
玲奈は何も言えなくなった。
企業側は進む。
止まらない。
ルナリアが画面を見ながら、ぽつりと言った。
「止まれないパーティーって、見た目だけは強いよね」
ひなたが不安そうに聞く。
「止まれない……」
「うん。休む理由も、怖がる理由も、ちょっと待つ理由も、全部ロスに見えてる。今の凛ちゃんには、それがすごく相性いいんだよね」
その言葉が、胸に沈む。
白石は桐崎パーティーの中で浮いていない。
むしろ、中心にいる。
桐崎が燃える。
美咲が結果を喜ぶ。
玲奈が怖がる。
その全部を、白石が最短へ押し流している。
俺は画面を見続けた。
白石の目は、もう次の敵を探している。
桐崎は次に壊す相手を探している。
美咲はスコアの伸びを見ている。
玲奈だけが、仲間の背中を見ている。
その差が、嫌だった。
次のエリアへ入った瞬間、遠距離型の魔物が天井付近に現れた。
位置が高い。
美咲の炎では角度が悪い。
桐崎の槍も届きにくい。
白石が一歩だけ前へ出た。
今までほとんど動かなかった彼女が、細剣に指を添える。
雷が細く鳴り、周囲の空気が一瞬だけ白く震えた。
「処理する」
その声の直後、白石の姿がぶれた。
俺の認識が遅れる。
雷の線だけが天井へ走り、遠距離型の魔物は声を上げる間もなく斬り落とされた。
ひなたが息を呑む。
雪那の目が細くなる。
ルナリアが、楽しそうに、それでも少しだけ低い声で言った。
「へぇ。そこまで行ったんだ」
白石はもう着地していた。
何事もなかったように細剣を下げ、次の通路を見る。
その顔には、成功の高揚も、危険を越えた自覚もなかった。
コメント欄が爆発する。
「今なに?」
「消えた?」
「速すぎ」
「雷になった?」
「凛さんやばい」
俺は画面から目を離せなかった。
今のは、ただの高速移動じゃない。
一瞬、白石の身体が戦場から抜け落ちたように見えた。
桐崎が笑う。
「いいじゃねえか、白石。もっとやれるだろ」
白石は桐崎を見ない。
「進行継続」
それだけだった。
次の扉が開く。
桐崎パーティーは、さらに奥へ進んでいく。
俺は短剣を握り直した。
差は広がっている。
数字でも、速度でも、見えている景色でも。
だが、今の白石の速さを、ただの成長として見てはいけない。
あれは、次の崩壊への入口だ。
画面の端に残った雷の残光が、白石の輪郭を一瞬だけ黒く滲ませた。




