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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第5章 雷の王女

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120/162

120話 不穏な前夜

配信終了後の協会休憩エリアは、昼間の熱が嘘みたいに静かだった。


壁際のモニターでは、今日の合同高難度検証配信の切り抜きが何度も流れている。

企業側が中間ボスを倒した場面。

白石の短い指示。

桐崎の突撃。

美咲の炎。


どれも、映像としては派手だった。


視聴者の反応も良い。

おすすめ欄には、もう企業側の切り抜きが並んでいる。

再生数も伸びていた。


俺たちは休憩エリアの隅に集まり、明日のルート確認をしていた。

ひなたは端末を見たまま、ずっと表情が晴れない。

雪那は配信ログを細かく切り出し、戦闘中の動きを確認している。


ルナリアは椅子の背もたれに腕を乗せ、今日の切り抜きを眺めていた。

表情は軽い。

けれど、目だけは画面の奥を追っている。



「企業側優勝確定、凛さん別格、完成度高すぎ……か」



ルナリアがコメントを拾って、楽しそうに笑う。



「伸びるよね、こういうの。分かりやすいもん」



ひなたが小さく顔を上げる。



「……凛さん、本当に大丈夫かな」



その声には、昼間よりもはっきりした不安があった。


俺はすぐに答えられなかった。


大丈夫だと言いたい。

だが、今日の白石を見た後では、その言葉は軽すぎる。


白石は強かった。

正しかった。

企業側を勝たせる動きとしては、ほとんど完璧だった。


でも、そこに白石らしい迷いがなかった。



「前より、人を見てない感じがする」



言葉にした瞬間、ひなたの表情が曇った。

俺は続ける。



「見てはいる。桐崎の動きも、美咲の炎も、玲奈の魔力も、全部拾ってた。だけど、心配してる目じゃない。次に使えるかどうかを見てる感じだった」



雪那が端末から視線を上げる。



「指揮ではなく、処理ということね」



「ああ」



白石の視線を思い出す。


敵だけを見ていない。

仲間だけを見ているわけでもない。

戦場にあるものすべてを、判断材料として扱っていた。


それは探索者としては有能だ。

間違いなく強い。


だが、人間が隣にいる感覚が薄かった。



「侵食というより、思考の偏りに近いのかもしれないわ」



雪那が静かに言った。

ひなたが首を傾げる。



「偏り、ですか?」



「ええ。完全に別人格が動かしているわけではない。凛自身の能力や性格の一部が、極端に強められているように見える」



雪那は画面に白石の戦闘ログを表示した。


指示の間隔。

味方の反応速度。

敵の行動予測。


どれも異常なほど整っている。



「凛の場合は合理性。迷いを削り、最短の判断へ寄っている」



画面が切り替わる。


今度は桐崎の映像だった。

オーガへ突っ込み、必要以上に槍を叩き込む場面。



「桐崎は逆ね。闘争衝動が増えている。勝ちたい、倒したい、前へ出たい。その一部だけが膨らんでいる」



「同じ侵食でも、出方が違う……」



ひなたが呟く。

雪那は頷いた。



「人間性の一部だけが肥大化している、と考えた方が近いかもしれない」



その説明は分かりやすかった。

だが、分かりやすいからといって安心できるわけではない。


むしろ、怖さが増した。


白石は白石のまま、合理性だけが削り出されている。

桐崎は桐崎のまま、闘争心だけが膨らんでいる。


だから本人たちは、自分が変わっていることに気づきにくい。



「でもさ」



ルナリアが、椅子を少し揺らしながら言った。



「凛ちゃんの方が危ないかもね」



ひなたが驚いて顔を上げる。



「桐崎さんより、ですか?」



「うん。桐崎くんは分かりやすいじゃん。熱くなって、前に出て、壊したがってる。見てる側も、あれは危ないって分かる」



ルナリアは画面の白石へ視線を戻す。



「でも凛ちゃんは削ってる。邪魔なものをひとつずつ落としてる。疲れ、迷い、怖さ、ためらい、情。そういうのを、不要って判断して切ってる」



軽い口調だった。

でも、内容は重い。



「そのうち、人も切るよ」



休憩エリアの空気が止まった。

ひなたが息を呑む。


雪那も何も言わない。

俺は否定できなかった。


今日の白石は、仲間を見ていた。

でも、仲間として見ていたわけじゃない。


次の行動に使えるか。

進行を止める理由になるか。

切るべきロスか。


そんな基準で、すべてを測っているように見えた。



「白石は、まだそこまで行ってない」



俺はそう言った。

言葉にしなければ、自分が信じられなくなりそうだった。


ルナリアは俺を見る。

少しだけ口元を緩めた。



「うん。まだ、ね」



その“まだ”が、胸に残った。


休憩エリアの向こうでは、協会職員が明日のスケジュールを確認している。

企業側の控室にはスタッフが出入りしていた。

スポンサー対応。

配信準備。

勝敗予想の更新。


世界は普通に動いている。


なのに、俺たちだけが少し先の崩壊を見てしまったようだった。


その頃、企業側の控室では、藤堂玲奈がひとりだけ端末を閉じられずにいた。


画面には、今日の戦闘ログが残っている。

勝利。

高評価。

企業側優勢。


数字だけ見れば、何も問題はない。

それなのに、玲奈の指は止まっていた。

美咲が隣でドリンクを飲みながら、軽く言う。



「玲奈、まだ見てるの?」



「うん……」



「考えすぎだって。今日は勝ったし、数字も良かった。凛さんの判断も完璧だったじゃん」



「でも、最近の隼人も、凛さんも……変だよ」



美咲は少し困ったように笑った。



「変っていうか、強くなったんでしょ。隼人は前より前に出られるし、凛さんは無駄がない。結果出てるなら、それでいいじゃん」



玲奈はすぐに答えられなかった。


美咲の言葉は間違っていない。

探索者なら、結果は大事だ。

被害を減らし、速く攻略し、数字を出す。


それは正しい。


でも、今日の戦闘を見ていて、玲奈は何度も息が詰まった。


隼人が笑いながら踏み込むたび。

凛が休憩を切り捨てるたび。

自分だけが、その速度に置いていかれるようだった。



「……私だけ、遅いのかな」



玲奈の声は小さかった。

美咲は一瞬だけ黙る。

そこへ、控室の奥から桐崎の声が飛んだ。



「明日はもっと押す。今日みたいに止まるなよ」



玲奈は肩を揺らした。


桐崎は端末の勝敗予想を見ている。

企業側優勢。

その数字を見て、楽しそうに笑っていた。



「差を広げれば、それで終わりだ」



玲奈は返事をしなかった。

美咲も、少しだけ目を逸らした。


誰も間違っていない。

でも、誰も止まろうとしない。


そのことが、玲奈には怖かった。

夜が深くなっても、休憩エリアの明かりは落ちなかった。


俺たちは明日のルートを確認し終えた。

ひなたは不安を隠せないまま、杖の点検をしている。

雪那はログを保存し、端末を閉じた。


ルナリアは窓際に立ち、外を見ていた。


協会施設の外は暗い。

遠くの空で、雲の奥が一瞬だけ光った。



「明日あたり、最悪になるかもね」



ルナリアの声は、いつもより少しだけ低かった。

俺は振り向く。



「何が起きる」



「分かんない。でも、凛ちゃん、もう止まれない感じする」



ルナリアは窓に映った自分の姿を見る。


月のウサギの姫の姿。

幻惑魔法で整えられた、配信用の顔。


その表情が、ほんの一瞬だけ素に近づいた気がした。



「止まる理由を、切ってるから」



遠くで雷が鳴った。


ひなたが肩を震わせる。

雪那が静かに目を細める。


俺は窓の外を見る。


明日の配信は、今日よりも大きくなる。

視聴者も増える。

企業側の期待も高まる。

白石を止める理由は、数字の中ではどんどん見えなくなる。


それでも、見失うわけにはいかない。

白石がまだ切り捨てていないものを探す。


そのために、俺は明日も見続ける。

雷鳴の余韻が、夜の協会施設に低く残っていた。

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