117話 桐崎隼人
合同高難度検証配信の当日、協会の第3ゲート前は、普段の探索前とはまるで違う空気に包まれていた。
壁際にはスポンサーの広告が並び、大型モニターには配信開始までのカウントダウンが表示されている。
協会職員だけでなく、企業スタッフや配信管理班まで行き交っていた。
数字と視線が、最初からこの場を支配している。
俺たちは受付を済ませ、待機エリアへ向かった。
ひなたは落ち着かなさそうに杖を抱え、雪那は端末で企業側の情報を確認している。
ルナリアは当然のように俺たちの横にいた。
幻惑魔法と専用機材で、配信者としての姿を整えている。
そのせいか、周囲の探索者やスタッフが何度も彼女を見ていた。
最強V探索者。
Sランク。
ルナリア・ラビット。
ここにいるだけで、配信の空気が変わる存在だ。
「企業案件って、数字の匂いするよね。ほら、あそこのスタッフ、同接予測しか見てないじゃん」
ルナリアが楽しそうに笑う。
ひなたが困ったように眉を下げた。
「ルナリアさん、そういうこと言っちゃっていいんですか?」
「大丈夫大丈夫。聞こえたら聞こえたで、いい顔すると思うし。
それに私は幻惑魔法で声を悠斗君の配信に載せないようにしてるから」
「あー、ほぼアイドルですもんね。
特定の男の人と話してたら、炎上しそうですね」
「リアルに悠斗君の家が炎上するんじゃない?」
「勘弁してくれ……」
ルナリアは悪びれずに肩をすくめた。
軽い。
けれど、見ている場所は鋭い。
俺は視界端のAR表示を見る。
コメントは配信前から流れていた。
「ルナリアいるの豪華すぎ」
「企業側ガチじゃん」
「黒崎組も来てる?」
「凛さんどっち側なんだよ」
「桐崎と黒崎、元同じパーティーってマジ?」
最後のコメントで、ひなたの肩が小さく揺れた。
雪那は表情を変えない。
ただ、端末を閉じる手に少しだけ力が入った。
その時、自動扉が開いた。
企業側の探索者たちが入ってくる。
先頭にいたのは、槍を肩に担いだ男だった。
桐崎隼人。
その後ろに、相沢美咲。
炎魔法使いで、配信映えを何より重視していた女。
さらに少し距離を置いて、藤堂玲奈。
ヒーラーの彼女は、昔より少し大人びて見えた。
そして、その列の後ろに白石がいた。
企業ロゴ入りのジャケット。
腰の細剣。
温度の薄い表情。
その並びを見た瞬間、胸の奥がひどく静かになった。
昔のパーティーの形が、そこにあった。
ただし、俺だけがいない。
代わりに白石がいて、企業のロゴが全員の肩に入っている。
企業スタッフが白石に近づき、端末を見せた。
白石は一度だけ頷く。
「ルートB。前衛2枚、後衛1枚。私は中間から補正する」
「了解です。白石さん基準で配置を再調整します」
スタッフは迷わず返す。
まるで白石がそこにいることを前提に、全体が組まれているようだった。
白石も、それを当然のように受け取っている。
その自然さが、嫌だった。
桐崎は俺に気づくと、足を止めた。
「黒崎。まだこっち側に立ってるんだな」
声は以前より落ち着いていた。
昔なら、もっと分かりやすく見下してきた。
今の桐崎は違う。
余裕があるように見える。
だが、Observeで見ると別だった。
重心が前に寄っている。
呼吸が浅い。
槍を握る指が、会話中でも踏み込みの準備をしている。
止まる気がない。
常に前へ出るための姿勢だった。
「……変わったな」
俺が言うと、桐崎は口元を吊り上げた。
「強くなっただけだろ」
笑い方が荒い。
形は笑みだ。
だが、そこに混じっているのは余裕よりも熱だった。
ルナリアが横で軽く目を細める。
「へぇ。前より尖ってるじゃん。ちょっと刺さりそうで面白いね」
「誰だ、お前」
桐崎の視線がルナリアへ移る。
ルナリアは一歩だけ前へ出て、いたずらっぽく笑った。
「遊び相手が多い方が楽しいでしょ。名前くらい、配信で見たことない?」
桐崎は少しだけ眉を動かした。
だが、すぐに興味を俺へ戻す。
相沢美咲がその横から顔を出した。
「久しぶり、悠斗。なんか、ずいぶん雰囲気変わったね」
「そっちもな」
「まあね。最近の隼人、かなり結果出してるし。スポンサー評価も高いんだよね」
美咲は悪気なく言った。
昔と同じように、視線が数字と見栄えを追っている。
ただ、今はその言葉に企業側の空気が乗っていた。
「凛さんもいるとマジで安定するし。今のチーム、かなり完成してると思う」
美咲の視線が白石へ向く。
白石は反応しない。
ただ、必要な情報だけを拾っているように、周囲を見ていた。
その少し後ろで、藤堂玲奈がこちらを見た。
目が合う。
玲奈は一瞬だけ迷ってから、小さく頭を下げた。
「……久しぶり」
「ああ」
短い挨拶だった。
玲奈は白石を見て、それから桐崎を見た。
言葉を探すように唇を動かす。
やがて、俺の近くへ少しだけ寄った。
「最近、ちょっと怖い」
声は小さかった。
美咲には聞こえないくらい。
だが、俺には届いた。
その一言に、ひなたがわずかに反応する。
玲奈はすぐに視線を落とした。
言ってはいけないことを言ったような顔だった。
その直後、美咲が玲奈へ振り返る。
「玲奈、またそれ?」
「だって……前から強かったけど、最近急に変わったよね」
「迷わなくなった感じでしょ。前より勝率高いし、処理も速い」
「でも、前はあんな戦い方じゃなかった」
玲奈の声は弱い。
それでも、美咲は迷わず返した。
「探索者なんだから、結果出るなら正しいでしょ。隼人も凛さんも、今の方が強いよ」
その言葉に、誰もすぐには反論しなかった。
間違っていないからだ。
結果は出ている。
人気もある。
スポンサー評価も高い。
だからこそ、怖い。
壊れていくものが、ちゃんと数字で肯定されている。
桐崎が槍を肩から下ろした。
「ごちゃごちゃ言うな。勝てばいい」
その一言で、美咲は少し笑う。
玲奈だけが笑わなかった。
白石が前へ出る。
その動きは静かで、無駄がない。
俺を見る。
一瞬だけ。
だが、その視線はすぐ外れた。
「開始前確認。移動経路と役割分担を合わせる」
声は白石のものだ。
だが、俺たちへ向ける温度はほとんどない。
企業側の前衛がすぐに頷く。
美咲も端末を開き、玲奈は回復順を確認する。
白石の一言で、企業側全体が動いた。
速い。
強いというより、揃いすぎている。
美咲が明るく言う。
「凛さんいると無駄なくなるんだよね。ほんと助かってる」
「削れる部分を削ってるだけ」
白石は淡々と答えた。
俺はその横顔を見る。
Observeが、わずかな違和感を拾う。
視線の移動が速い。
周囲の会話を聞いているのに、感情の反応が薄い。
判断の前に迷いがない。
削れる部分。
その中に、俺たちとの会話まで入っているように見えた。
ルナリアが、少し楽しそうな声で言う。
「今の凛ちゃん、めちゃくちゃ配信向きだね。視聴者って、ああいう無駄ないの好きだし」
ひなたがルナリアを見る。
ルナリアは口元だけで笑った。
「いいよね。綺麗で、速くて、冷たい。切り抜きにしたら伸びるよ」
そのあと、少しだけ目を細める。
「……でも、ちょっと削れすぎかな」
空気が少し止まった。
白石は反応しない。
桐崎は鼻で笑う。
「無駄がないならいいだろ」
「うん。そう言うと思った」
ルナリアは軽く返す。
「分かりやすくて助かるよ、君」
桐崎の目が細くなる。
だが、配信開始前のアナウンスがそれ以上の会話を遮った。
待機エリアのモニターに両チームの表示が出る。
企業側。
悠斗側。
勝敗予想の数字が動いていた。
企業側優勢。
大差だった。
コメント欄も加速する。
「企業側つよそう」
「桐崎いるなら火力えぐい」
「凛さんそっちか」
「黒崎側きつくね?」
「ルナリアいるのが読めない」
ひなたが杖を握り直す。
雪那は静かに息を吐く。
桐崎がこちらへ一歩近づいた。
「今度は負けない」
「競ってるつもりはない」
俺が返すと、桐崎は楽しそうに笑った。
「だから甘いんだよ」
その瞬間、Observeが桐崎の目を拾った。
熱が強すぎる。
勝ちたい。
潰したい。
上に立ちたい。
そういう感情が、ひとつに固まっている。
普通なら乱れるはずの興奮が、今の桐崎の身体をさらに前へ進めていた。
その横で、白石は無表情のまま立っている。
熱のない雷。
熱すぎる槍。
その間で、玲奈だけが不安そうに2人を見ていた。
開始ゲートのランプが赤から黄色へ変わる。
配信開始のカウントが視界端に浮かぶ。
5。
4。
3。
白石が細剣に指を添える。
2。
桐崎が槍を構える。
1。
ゲートが低い音を立てて開いた。
合同高難度検証配信が、始まる。




