116話 企業側の告知
合同高難度検証配信の告知ページは、公開から数時間で拡散されていた。
協会の準備室に戻った俺たちは、企業側が出した追加情報を確認していた。
画面には、洗練された特設ページが表示されている。
黒と青を基調にした背景。
スポンサー名。
参加探索者の紹介。
リアルタイム勝敗予想の受付。
俺たちが普段使っている配信ページとは、空気がまるで違った。
配信というより、競技イベントに近い。
攻略の成功だけじゃない。
誰が速いか。
誰が強いか。
どの判断が効率的か。
全部が数字になる場所だった。
ひなたが画面を見ながら、眉を寄せる。
「すごいですね。すごいんですけど……なんか、探索っていうより大会みたいです」
「実際、大会に近い形式でしょうね」
雪那がページをスクロールする。
「配信管理、スポンサー表示、個人別データ、戦闘貢献度。ここまで整っているなら、企業側は最初から見世物として設計している」
見世物。
その言葉はきつく聞こえた。
けれど、画面に並ぶ数字を見れば否定できなかった。
白石凛。
空の迷宮生還者。
雷系高機動アタッカー。
直近配信における敵処理速度、前回比148%。
紹介文の横には、昨日の配信から切り抜かれた凛の姿がある。
雷をまとい、無表情に敵を撃ち抜く横顔。
綺麗な画像だった。
綺麗に整えられすぎていて、嫌な感じがした。
「白石さん、めちゃくちゃ目玉扱いですね……」
ひなたの声が沈む。
ルナリアは椅子の背に肘をかけ、画面を斜めから見ていた。
「向こうからしたら、扱いやすいんだろうね。強くて、注目されていて、今は余計な反応も少ない」
「余計な反応って……」
「向こうにとっては、だよ」
ルナリアの声は軽かった。
でも、目は笑っていない。
雪那が別の項目を開く。
そこには企業支援チームの紹介映像があった。
高性能装備。
自動解析端末。
魔力補助スーツ。
ダンジョン内でのリアルタイム戦闘データ表示。
映像の中では、探索者たちが無駄のない動きで敵を処理していく。
画面下には、処理時間、被弾率、連携成功率が流れていた。
数字だけなら、確かに強い。
俺たちよりずっと整っている。
装備も、支援も、配信演出も、何もかも。
ひなたが小さく呟く。
「でも、楽しそうじゃないですね」
その一言に、誰もすぐには返さなかった。
映像が切り替わる。
次に映ったのは、槍を持つ男だった。
名前が表示される。
桐崎隼人。
胸の奥が、少しだけ冷えた。
昔、同じパーティーにいた男。
俺を追放した側にいた男。
声も顔も忘れたわけじゃない。
画面の中の桐崎は、以前より落ち着いて見えた。
装備も整っている。
立ち方にも隙がない。
ただ、笑っていた。
口元だけじゃない。
目の奥に、何か熱のようなものがある。
凛の冷たさとは違う。
削られた静けさではない。
むしろ、余計なものが増幅しているような熱だった。
「こいつが、中心人物か」
俺が呟くと、ひなたが振り向く。
「黒崎さん、知ってるんですか?」
「ああ。昔のパーティーにいた」
ひなたの表情が変わる。
雪那も画面から俺へ視線を移した。
「追放の時の?」
「そうだ」
短く答える。
細かく説明する気にはなれなかった。
それでも、身体の奥に残っている感覚は消えない。
火力がない。
映えない。
判断が遅い。
そんな言葉を並べられた時の、あの空気。
画面の中の桐崎は、インタビューに答えていた。
『勝てば評価される。余計な過程はいらない。視聴者が見たいのは結果だろ』
コメント欄が盛り上がる。
「隼人きた!」
「相変わらず尖ってる」
「こういうのでいいんだよ」
「勝てば正義」
「黒崎と因縁あるやつ?」
ルナリアの指が、ぴたりと止まった。
俺はその反応を見る。
「どうした」
「まだ画面越しだから断定しない。でも、凛とは違うね」
「違う?」
「うん。凛のは削る。あっちは燃やしてる感じ」
燃やしている。
確かに、そう見えた。
凛は余白を失っている。
桐崎は熱だけが濃くなっている。
どちらも普通ではない。
だが、方向が違う。
映像は続く。
企業施設の訓練室らしい場所で、凛と桐崎が短く言葉を交わしていた。
カメラは遠い。
音声も少しだけ拾っている。
桐崎が槍を肩に担ぐ。
「今日の同期率、悪くなかったな」
凛は端末を見たまま答える。
「無駄が少なかったから」
「なら本番はもっと削れる」
「削れる余地はある」
会話は成立している。
だが、噛み合いすぎていた。
ひなたが嫌そうに顔をしかめる。
「なんか……怖いくらい同じ方向を見てますね」
「同じ方向じゃない」
ルナリアが小さく言う。
「たまたま並んでるだけ。凛は余計なものを削られてる。あの男は、勝つために余計なものまで燃やしてる」
雪那が頷く。
「数字だけなら、向こうは強いわね」
「だろうな」
俺は画面を見たまま答えた。
装備。
支援。
配信導線。
戦闘データ。
そして、今の凛。
数字だけなら、向こうが上だ。
それは認めるしかない。
でも、画面を見ていて胸がざらつく理由も、そこにあった。
強い。
綺麗。
整っている。
けれど、人がいる感じが薄い。
凛はその中に、自然に収まってしまっている。
それが怖かった。
映像の最後に、合同高難度検証配信のPVが流れた。
重い音楽。
高速で切り替わる戦闘映像。
雷。
槍。
企業ロゴ。
勝敗予想の受付開始。
最後のカットで、凛と桐崎が並んで映る。
凛は静かに前を見ている。
桐崎は笑っている。
画面全体は、驚くほど格好よく作られていた。
コメント欄が一気に加速する。
「PVかっけえ!」
「企業本気じゃん」
「これ絶対見る」
「凛さんと桐崎の並び強すぎ」
「黒崎側きつくない?」
その瞬間、PVの端にノイズが走った。
ほんの一瞬。
凛の横顔だけが、わずかに乱れる。
雷の光が黒く滲んだように見えた。
すぐに映像は戻る。
誰もコメントでは触れていない。
配信側の演出かもしれない。
俺たちの端末の表示ズレかもしれない。
だが、俺は見逃せなかった。
雪那も目を細める。
「今の、見た?」
「ああ」
ひなたが不安そうに端末を見る。
「ノイズ、ですよね?」
ルナリアは答えなかった。
ただ、画面に映った凛の横顔を見ている。
PVは終わり、告知ページへ戻った。
合同高難度検証配信。
開始予定は明日。
参加チーム一覧に、俺たちの名前も追加されていた。
招待ではない。
もう、参加者として扱われている。
俺は画面を見たまま、息を吐いた。
「向こうは、こっちが来る前提で組んでるな」
「勝敗予想まで作ってるなら、そうでしょうね」
雪那が言う。
ひなたは拳を握った。
「行くしかないですよね」
「ああ」
行けば、白石に会える。
桐崎とも向き合うことになる。
企業側の整った舞台。
数字で測られる戦闘。
勝敗を望む視聴者。
その全部が、今の白石には近すぎる。
俺は端末を閉じた。
「数字だけなら、向こうが上だ」
誰も否定しなかった。
その上で、俺は続ける。
「でも、白石を数字で終わらせるつもりはない」
ルナリアが少しだけ笑った。
「いいじゃん。そういう無駄、嫌いじゃないよ」
無駄。
今の白石なら、そう判断するかもしれないもの。
それでも、俺たちはそれを捨てない。
PVの最後に映った凛の横顔が、まだ頭に残っている。
綺麗で、冷たくて、ノイズに飲まれかけていた。
合同配信は、もう明日に迫っていた。




