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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第5章 雷の王女

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115/154

115話 観測

合同高難度検証配信の前日、企業側は短いテスト配信を行った。


名目は機材確認と連携調整。

本番ではない。

低層ダンジョンで動きを見せるだけの、軽い事前配信だった。


それでも、配信開始直後から視聴者は一気に増えた。


空の迷宮生還者。

企業支援チーム。

合同検証配信の前哨戦。


その並びだけで、注目を集めるには十分だった。


俺たちは協会の準備室で、その映像を見ていた。

ひなたは椅子の背もたれに手をかけ、身を乗り出している。

雪那は端末の横にメモを置き、黙って画面を見ていた。


ルナリアは少し離れた椅子に座り、足を揺らしている。

一見すると退屈そうだが、視線は凛から外れていない。


画面の中で、凛は企業側の探索者たちと一緒にダンジョンへ入った。

今日は人数も少ない。

本番用の全員ではなく、動作確認のための編成らしい。


俺は画面へ意識を集中させる。


視界の中で、凛の動きだけを拾う。

呼吸。

視線。

踏み込み。

雷を撃つ直前の指の動き。


昨日まで見えていた違和感を、感覚ではなく形として掴むために。


最初の敵は、石皮の小鬼が4体。

弱い。

凛たちなら苦戦する相手ではない。


企業側の前衛が一歩前へ出る。

小鬼が左右に散った。


普通なら、一瞬だけ判断が挟まる。

どちらを先に潰すか。

誰をカバーするか。

カメラにどう映るか。


凛は迷わなかった。


右へ逃げた一体の足元へ雷を落とす。

同時に左の二体の進路を塞ぐ。

残り一体が前衛へ飛びかかる直前、細剣の先から細い雷が伸びた。


全部、ほぼ同時だった。


速い。


だが、それだけじゃない。


判断が速いのではない。

判断する前に、答えだけが置かれている。


そんな動きだった。



「今の、凛さん一人で戦場全部止めましたよね」



ひなたが呟く。


雪那は画面から目を離さない。



「止めたというより、先に塞いでいる」



その言い方が近かった。


凛は敵を見てから動いていない。

敵が動く場所を、先に消している。


コメントが流れる。



「反応はや」


「凛さん仕上がってる」


「これ本番前なの?」


「強すぎて草」


「なんか淡々としてるな」



配信画面の中で、敵はすぐに消えた。


企業側の探索者が短く頷く。

凛はそれに返事をしない。

すでに次の通路を見ている。



「次。右通路。敵影3、奥に1」



実際、数秒後にその通りの配置で魔物が現れた。


ひなたが息を呑む。



「見えてたんですか?」



「音と魔力反応でしょうね」



雪那が言う。



「でも、普通はあそこまで断定しない」



俺も同じことを考えていた。


情報があるから分かる、ではない。

分かるように余計な可能性を切っている。


凛の中で、選択肢が減っている。


それは強さに見える。

実際、戦闘としては明らかに優れていた。

迷いがない分、遅れがない。


だが、見ているほど胸の奥が冷えていく。


人は、迷う。


それが弱さでもあり、待つための余白でもある。

仲間を見るための一拍でもある。

失敗を避けるだけなら、消していいものかもしれない。


でも、それを全部消した先にいるのは、俺たちの知っている凛なのか。


次の戦闘で、企業側の後衛が足を滑らせた。

大した危険ではない。

ただ、体勢が崩れ、魔物の攻撃がその隙を突く。


凛の雷が走る。

魔物は倒れる。


それは完璧なカバーだった。


ただ、凛は後衛を見なかった。

無事かどうかを確認しない。

視線はすでに次の敵へ移っている。



「……助けてはいるんですよね」



ひなたの声が揺れた。



「ああ。助けてる」



俺は答える。


助けている。

間違いなく。


でも、そこに安心したかどうかは別だった。


凛は助けることを選んだのではなく、戦力損失を避けるために処理したように見えた。


俺は端末の画面に映る凛を見続ける。


表情。

呼吸。

瞬き。


大きく崩れているわけじゃない。

苦しそうにも見えない。


だからこそ怖い。


削られているのに、本人は動けてしまう。

むしろ以前より強く見えてしまう。


配信は順調に進んだ。


企業側の探索者たちは無駄なく動く。

凛は必要な時だけ雷を撃つ。

会話は少ない。

戦闘時間は短い。


視聴者のコメントは盛り上がっている。



「効率やば」


「本番楽しみ」


「黒崎組とどっちが強い?」


「凛さん無双じゃん」


「でも前の方が楽しそう」



最後のコメントが流れた時、凛の肩がほんの少しだけ動いた。


顔は変わらない。

視線も大きく揺れない。


でも、観察で拾った。

呼吸が一拍だけ遅れた。

俺は思わず画面へ身を乗り出す。


凛はそのまま進む。

何もなかったように、次の魔物を撃ち抜いた。


まだ残っている。

確かに、凛本人の何かが反応している。

俺がそう感じた直後、戦闘が終わった。


広間に敵はいない。

企業側の探索者たちが周囲を確認する。

カメラが凛の横顔を映した。


凛は細剣を下げたまま、動きを止めた。


一秒。

二秒。


視線がどこにも合っていない。

画面の中にいるのに、そこから意識だけが抜けたようだった。


企業側の探索者が振り向く。



「白石さん?」



凛は瞬きをした。

遅れて焦点が戻る。



「……問題ない。次に進む」



何もなかったように歩き出す。

コメント欄がざわついた。



「今止まった?」


「ラグ?」


「回線?」


「凛さん大丈夫?」


「怖いって」



凛本人は振り返らない。

自分が止まったことを気にしている様子もない。


ひなたは声を出せなかった。

雪那が低く言う。



「本人に自覚がない」



「ああ」



俺は頷く。


そこが一番危ない。


異常が出ているのに、本人がそれを異常として扱っていない。

空白さえ、進行を止める理由になっていない。


配信はそのまま終了した。

凛は最後にカメラへ向き直る。



「確認は終わりました。本番では、さらに無駄を減らします」



その言葉で、コメントがまた流れる。



「かっこいい」


「期待」


「無駄を減らすって怖い」


「本番やばそう」


「黒崎たち勝てるの?」



画面が暗くなる。


準備室には沈黙が戻った。


俺は端末を閉じずに、停止した最後の画面を見ていた。

凛の横顔が映っている。

綺麗で、強くて、静かすぎる顔。



「白石は、自分が削れてることに気づいてない」



言葉にすると、余計に重かった。


ルナリアが足を止める。

いつの間にか揺らしていた足も止まっていた。



「だから危ないんだよ」



「止めるには、どうする」



「今の段階で無理に引っ張ると、たぶんもっと切る。必要ないものとして」



ルナリアは画面を見る。



「だから、切れないものを残すしかない。凛が自分で見つけられるように」



切れないもの。


俺たち。

ひなたの声。

雪那の冷静さ。

配信の中で拾った、ほんの小さな反応。


それが凛の中にまだ残っているなら、そこを見失うわけにはいかない。


俺は端末を閉じた。



「本番までに、もう一度ログを見る。白石が止まった瞬間と、反応したコメント。そこに手がかりがある」



雪那が頷く。



「私も確認するわ。戦闘中の判断順序を洗う」



ひなたが少し遅れて顔を上げる。



「私は、凛さんが反応しそうな言葉を考えます。変かもしれないですけど、それしかできないので」



「変じゃない」



俺はすぐに言った。

ひなたは小さく頷いた。

ルナリアが口元だけで笑う。



「いいじゃん。効率だけなら、たぶん向こうの方が上。でも、そうじゃないものを持ってるのはこっちだよ」



その言葉で、少しだけ息ができた。


画面の中の凛は強かった。

速かった。

正しかった。


でも、正しさだけで人は戻ってこない。

だから俺たちは、正しさ以外のものを拾うしかない。


凛がまだ切り捨てていない何かを。

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