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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第5章 雷の王女

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113話 必要ない

配信が終わった後も、しばらく誰も動かなかった。


準備室の端末には、黒く落ちた画面だけが残っている。

さっきまでそこに映っていた凛の雷も、企業ロゴも、流れていたコメントも消えていた。


それなのに、画面の向こう側に凛だけが残っているような気がした。


ひなたは椅子に座ったまま、両手を膝の上で握っている。

雪那は腕を組み、何かを考え込むように視線を落としていた。

ルナリアは配信のログを巻き戻し、凛が止まった場面をもう一度だけ再生する。



「これ、本当に凛さんなんですよね……?」



ひなたの声は小さかった。


顔は凛だった。

声も、動きも、雷も、俺たちが知っているものと同じだった。

違うのは、その間にあったはずのものだ。


相手を見る一瞬。

仲間の返事を待つ間。

視聴者の反応に合わせる余裕。


そういう小さなものが、画面の中では削られていた。


ルナリアが端末から顔を上げる。



「凛本人だよ。そこは間違えない方がいい」



「でも、あんなの……」



「別人になったわけじゃない。感情が消えたわけでもない。判断の順番が変えられてる」



判断の順番。


雪那が目を細めた。



「何を先に選ぶか、ということ?」



「そう。普通なら一瞬迷う。待つ。言葉を返す。でも今は、その前に答えが出てる。必要か、必要じゃないか。それだけで切られてる」



ルナリアは画面を指先で軽く叩いた。


止まった凛の映像が、そこに映っている。

細剣を下げ、視線だけが宙に浮いている。

ほんの数秒の空白。



「空の迷宮の中にいたものは、無駄を嫌う。正しい動きだけを残そうとする」



「正しいなら、悪いことじゃないんですか?」



ひなたが聞いた。


責める声ではなかった。

ただ、そう思いたかったのだろう。


ルナリアは少しだけ眉を寄せる。



「正しさだけで人は動いてないでしょ」



その言葉で、準備室が静かになった。


正しい。

強い。

速い。

効率がいい。


画面の中の凛は、確かにそうだった。

でも、見ていて苦しかった。



「白石は、まだ戻れるのか」



俺が聞くと、ルナリアはすぐには答えなかった。


いつもの軽い返しはない。

代わりに、端末の画面をもう一度見て、凛の目元を拡大する。



「戻れる。まだ凛の方が勝ってる」



ひなたが顔を上げる。



「本当ですか?」



「完全に向こうへ寄ってたら、さっきのコメントで止まらない。黒崎たちといた時の方が楽しそうだった、ってやつ。あれで一瞬だけ引っかかった」



俺も同じところを見ていた。

凛は表情を変えなかった。

けれど、何も反応していないようで、確かに一瞬だけ止まった。


あれが凛本人の反応だったのなら、まだ届く場所にいる。


そう思いたかった。


雪那が静かに言う。



「問題は、どれくらい持つかね」



ルナリアは小さく頷いた。



「長くはないと思う」



重い言葉だった。


俺は端末を取り、凛とのメッセージ画面を開いた。

前に送ろうとして止めたままの入力欄が残っている。


何を入れればいいのか分からない。



「連絡するの?」



ルナリアが聞く。



「する。ただ、言葉を間違えたくない」



「命令したら逃げると思うよ。今の凛は、自分が危ないことを少しは知ってる。だから離れた」



「分かってる」



戻ってこい。


それは違う。

大丈夫か。


それも違う。

何が起きてる。


それは、凛自身が一番知りたいはずだ。


俺はしばらく指を止めたあと、短く打った。



『話がしたい。配信じゃなくて、直接』



送信する。


既読はすぐについた。


返事は来ない。

画面の上に、既読の文字だけが残っている。


ひなたが不安そうに覗き込む。



「既読、つきましたね」



「ああ」



待つ時間がやけに長く感じた。


やがて、凛から返事が来た。



『今は必要ない』



それだけだった。


胸の奥が沈む。


拒絶された、というよりも、処理されたような短さだった。

会う必要があるか。

ない。

だから終わり。


そんなふうに切られた気がした。



「……白石らしいと言えば、白石らしいな」



「無理に軽く言わなくていいよ」



ルナリアの声が少しだけ柔らかかった。


その柔らかさが、逆に痛かった。



「今のは、凛らしい短さじゃない。会う理由を切られただけ」



分かっていた。


少し前の凛なら、同じ断るにしても、もう一言あった。

今は難しい。

落ち着いたら連絡する。

迷惑をかけたくない。


そんな言葉があったはずだ。


今は、必要ない。


それだけ。


雪那が話を切り替えるように端末を操作した。



「企業側の企画ページが出ているわ」



ひなたが横から覗き込む。


画面には、探索支援企業の名前と、大型配信企画の告知が並んでいた。

実力者同士の合同検証配信。

高難度攻略を見据えたデータ収集。

視聴者参加型の勝敗予想。


言葉だけなら、ただの派手な配信企画だ。


だが、その中央に凛の名前があった。


白石凛。


空の迷宮生還者。

雷系高機動アタッカー。

実戦データ提供者。


紹介文の横には、凛の戦闘中の画像が使われている。

雷をまとい、細剣を構えた横顔。

綺麗な一枚だった。


綺麗すぎて、余計に嫌だった。


凛がそこにいるのではなく、凛の強さだけが切り取られて並べられている。

まるで、商品棚に置かれた最新装備みたいに。



「なんか……嫌です」



ひなたが小さく言った。



「向こうから見れば、話題性は十分でしょうね」



雪那の声は冷静だった。

だが、冷たくはない。



「空の迷宮で注目された直後。戦闘能力も高い。凛が乗れば、企画として強い」



「だからって、こんなの……」



ひなたは言葉を飲み込む。

俺も同じだった。


凛が自分で選んだ可能性はある。

だが、今の状態でその選択を本当に凛の意思と言っていいのか。


そこが分からない。



「そこに行けば、白石に会えるかもしれない」



「行くの?」



ルナリアがこちらを見る。

俺はすぐには頷かなかった。


今すぐ押しかけても、凛は会わないかもしれない。

企業側も簡単には通さないだろう。

下手に動けば、余計に警戒される。


だから、まず必要なのは情報だ。

凛が何を選び、誰と組み、どこへ向かおうとしているのか。

それを知らずに手を伸ばしても、届かない。



「行く前に調べる。配信ログも、企業側の企画も、白石の動きも」



「それがいいと思う」



ルナリアは頷く。



「今は追いかけるだけじゃ駄目。凛が何を切り捨てようとしてるのか、そこを見ないと」



何を切り捨てようとしているのか。


凛が切り捨てようとしているのは、無駄なのか。

迷いなのか。

それとも、俺たちなのか。


答えはまだ出ない。

だが、ひとつだけ分かった。


画面の向こうで綺麗すぎる雷を放っていた凛を、ただ強くなったとは思えない。


あれは、強さの形をした危うさだ。


ひなたが小さく言う。



「私、凛さんが戻ってくる方を信じたいです」



「戻すんじゃない」



俺は自分でも驚くほど低い声で言った。


ひなたがこちらを見る。

俺は閉じた端末を握り直す。



「あいつが自分で戻れる場所を、消さないようにする」



雪那が短く頷いた。

ルナリアは、少しだけ口元を緩める。



「それなら、まだ間に合うかもね」



その言葉を信じることにした。


準備室の外では、協会の職員たちがいつも通りに歩いている。

何も知らない日常の音が、薄い扉越しに聞こえていた。


俺たちだけが、さっきまで見ていた画面の静けさを引きずっている。

凛からの新しい返信は来ない。

ただ、既読のついた短い文だけが残っていた。


今は必要ない。

その一文が、凛との距離を示す線のように見えた。

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