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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第5章 雷の王女

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106話 誰も気付かない

退院したルナリアから連絡が来たのは、協会での検査から二日後だった。


場所は都内の高層マンション。

探索者協会が用意した一時滞在先らしい。

本人は礼をしたいと言っていたが、呼ばれたのは俺だけじゃなかった。


ひなた、凛、雪那も一緒だ。


玄関の扉が開いた瞬間、ひなたが固まった。


そこにいたのは、配信で見ていた月の姫ではなかった。

長い髪も、衣装も、雰囲気も違う。

部屋着に近いラフな服装で、こちらを見て小さく笑っている。



「来るの、ちょっと遅くない?」



口調も違った。


配信の時の芝居がかった声じゃない。

軽い。

距離が近い。

それでいて、こっちの反応を見て楽しんでいるような顔をしている。


ひなたが目を丸くする。



「え、えっと……ルナリアさん、ですよね?」


「そうだよ。なに、その顔。配信のままだと思ってた?」


「いや、だって、全然違うので……」


「そりゃそうでしょ。あれで外歩いたら一発でバレるじゃん」



言われてみれば当然だった。


配信者が配信外まで同じキャラでいる必要はない。

むしろ、完全に切り替えている方が自然だ。


ルナリアは俺たちを中へ招き入れた。

リビングは広いが、飾りは少ない。

高級そうなのに、生活感が薄い。


テーブルには飲み物と軽い菓子が置かれていた。


ひなたが遠慮がちに座る。

雪那は部屋全体を一度だけ見てから、静かに腰を下ろした。

凛は普段通り、端の席を選ぼうとする。


その前に、ルナリアが手招きした。



「凛ちゃんはこっち。そこ、遠い」


「別に遠くないでしょう」


「遠いの。私が退院したばっかりなんだから、友達くらい近くに座ってよ」


「あなた、そういう時だけ都合よく病み上がりを使うわね」


「使えるものは使うタイプだから」



凛は小さく息を吐いたが、結局ルナリアの隣に座った。


そのやり取りは妙に自然だった。

遠慮がない。

軽く言い合えるくらいには、二人の距離は近かった。


ルナリアは満足そうに笑ってから、改めてこちらを見る。



「まず、ちゃんと言っておくね。助けてくれてありがとう」



その声は軽かった。

けれど、言葉だけは真っ直ぐだった。


俺は首を横に振る。



「助かったのはこっちも同じだ。全員生きて帰れた」


「それでも、私が暴れたのは事実でしょ」



一瞬だけ、部屋の空気が落ちる。


凛が静かに言った。



「あなたの意思じゃなかった。それは分かってる」



ルナリアは凛を見る。

少しだけ目を細めて、それからふっと笑った。



「そういうところ、凛ちゃんってほんと真面目だよね」


「事実を言っただけよ」


「はいはい。そういうことにしておく」



重くなりかけた空気が、少しだけ戻る。


ルナリアは肩をすくめた。



「暗い話は後でいいや。先に自己紹介し直すね」



そう言って、彼女は自分の胸に手を当てた。



「本名はエリナ・フォルテ。ルナリアは配信用の名前。呼び方は今まで通りでいいよ。急にエリナって呼ばれても、こっちが反応できないかもしれないし」


「本名、いいんですか?」



ひなたが慌てると、ルナリアは笑った。



「ここに呼んだ時点で、そのくらいはいいってこと。もちろん外では言わないでね」


「言いません!」



ひなたが勢いよく頷く。


雪那が静かに言う。



「それを話すためだけに呼んだわけではないでしょう」


「うん。そっちはおまけ」



ルナリアの視線が、俺へ向いた。


笑っている。

だが、目だけは妙に鋭い。



「ねえ、あの時なにしたの?」



来ると思っていた。


ルナリアの胸へ掌底を入れた瞬間。

その直前に起きた、あの一秒。

外からどう見えたのかは分からない。


だが、当事者だった彼女が気づかないはずはなかった。


俺は少し考えてから答える。



「時間は戻ってない」



ルナリアの目が細くなる。



「へぇ。じゃあ、戻ったみたいに見えただけ?」


「ああ。たぶん、俺の認識だけがズレた」


「認識?」


「一度失敗した結果を知った状態で、同じ一瞬をもう一回動いた」



ひなたが口を開けたまま固まる。


凛は何も言わない。

雪那も表情を変えない。

ただ、全員の視線が俺に集まっているのは分かった。


ルナリアが身を乗り出した。



「つまり、潰されたあとに、潰される前の動きを選び直したってこと?」


「そんな感じだ。ただ、狙って何度もできるものじゃない」


「やってみて」


「無理だ」


「即答じゃん」


「条件が分からない。空の迷宮だったから起きたのかもしれない」



本当は、少しだけ分かっている。


呼吸。

足運び。

見ないこと。

失敗が確定した感覚。


だが、言葉にした瞬間に違うものになる気がした。

だからそこまでは言わなかった。


ルナリアは頬杖をついて、じっと俺を見る。



「意味わかんないね」


「俺も完全には分かってない」


「でも、できたんだ」



その言い方は、責めるものではなかった。

むしろ楽しそうだった。


ルナリアは指先でテーブルを軽く叩く。



「危ないことするよね。普通、あそこで自分から潰されにいかないでしょ」



「それ以外じゃ届かなかった」


「そういうところ」


「何がだ?」


「自分で分かってないの、ずるいよね」



ルナリアは小さく笑った。


からかうような顔だった。

けれど、どこか熱っぽい視線だった。


彼女自身は、それを興味だと思っているのかもしれない。

理解できないものを見つけたから、知りたくなっているだけ。

そういう顔をしている。


だが、さっきから距離が近い。

近いことを、本人だけが当然みたいに扱っている。


ひなたが小声で凛に耳打ちする。



「なんか、ルナリアさん、距離近くないですか?」


「いつものことよ。気にしたら負け」



凛の返しは自然だった。


ルナリアがすぐに口を挟む。



「なにそれ。友達を厄介者みたいに言わないでよ」


「厄介ではあるでしょう」


「否定しないんだ」


「否定する理由がないわ」



二人の会話に、ひなたが少しだけ安心したように笑う。


だが、その直後だった。


ルナリアが凛の顔をのぞき込む。



「ねえ、凛ちゃん。ちゃんと寝てる?」


「……寝てるわ」



返事が、ほんのわずかに遅れた。


それでも凛の表情は変わらない。

ルナリアは笑ったまま、凛の目を見ている。



「本当に?」


「本当よ」


「……ふうん」



短い沈黙が落ちる。


ルナリアの視線が、凛の目元から指先へ落ちた。

すぐに戻る。

何かを確かめたようにも、ただ見ただけにも見えた。


ルナリアは菓子を一つつまみ、何事もなかったみたいに口調を戻した。



「まあいいけど。無理すると顔に出るタイプでしょ、凛ちゃんって」


「あなたに言われたくないわ」


「私は顔に出してもかわいいからいいの」


「はいはい」



会話は何事もなかったように流れた。


ひなたは菓子に手を伸ばし、雪那は無言でお茶を飲む。

俺もそれ以上は気にしなかった。


ルナリアはもう一度、俺へ視線を戻す。



「ねえ、次に似たことが起きたら、ちゃんと教えてよ」


「起きない方がいい」


「それはそう。でも、起きたら知りたい」


「好奇心で聞く話じゃないだろ」


「好奇心じゃないよ」



そこで一度、ルナリアは言葉を止めた。


ほんの一瞬だけ、自分でも何を言いかけたのか分からないような顔をする。

それから、すぐに笑った。



「たぶんね」



それ以上は聞かなかった。


部屋の外では、街の音がかすかに聞こえている。

空の迷宮の静けさとは違う。

窓の向こうには、普通の空が広がっていた。


会話はしばらく続いた。

ひなたが菓子の銘柄を聞き、雪那が成分表示を見て、凛がそれに小さく呆れる。


普通の時間だった。


だからこそ、ほんの小さなズレは流れていく。


凛がカップを持ち上げる。

その指先が、一瞬だけ止まった。


カップの縁に触れたまま。


すぐに動く。

何もこぼれない。

凛自身も、その一瞬に気づいていないようだった。


誰も何も言わない。

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