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「無能」と追放された俺、観察スキルで最適解を見抜く配信を始めたら最強探索者になっていた  作者: ささかま
第4章 空の迷宮

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101話 どうして笑えるの

ルナリア・ラビット


体が勝手に動いていた。


指を上げる。

重力を落とす。

空域ごと沈める。

それを止めたいのに、止まらない。


やめて。


胸の奥で何度もそう叫んでいるのに、声にならない。

喉は動かない。

唇も、自分の意思では閉じたままだ。


見えている。

全部見えている。


あの少女が足場を失っている。

短剣を持つ女が無理をして細い刃を伸ばしている。

氷を操る女の力はもう薄く、触れた端から砕けていく。


来ないで。


もうやめて。


これ以上近づいたら死ぬ。


そう思うのに、私の体はその逆をする。

追い詰める。

逃げ道を潰す。

助けに入る位置へ、次の重力を先に落とす。


最悪だった。


自分で自分を見ているみたいなのに、止められない。

手足は私の形をしているのに、中で何か別のものが笑っている。

古びた、濁った、嫌な重さだけが胸の中に居座っていた。


終わるのう。


その声は私の口から出ていた。

耳に入った瞬間、吐き気がした。

そんなこと思っていない。

終わってほしいのは、この悪夢の方だった。


それでも圧は落ちる。


あの少女が傾く。

短剣を持つ女が肩で支える。

氷を操る女が最後の氷を差し込む。


間に合わない。


その順番まで分かる。

分かっているのに、私はそれをなぞるように押し潰していく。


やめて。


お願いだから、もう。


誰に向けた願いかも分からない。

あの少女にか。

短剣を持つ女にか。

氷を操る女にか。

それとも、まだ前へ来ようとしているあの男にか。


あの男は、そこで前へ出た。


どうして。


あの少女へ行かない。

短剣を持つ女も見ない。

氷を操る女の足元も切る。


助ける形を捨てて、まっすぐ私へ来る。


だめ。


来ないで。


今の私は、近づいたら殺す。

自分の意思じゃなくても、それだけは分かっていた。


重力が集まる。

一点へ。

あの男だけを押し潰すための重さが、私の内側から湧き上がる。


止まれ。


止まって。


せめて逸れて。


どれだけ願っても、重さは真っ直ぐ落ちる。

あの男は避けない。

視線も上げない。

ただ、呼吸を整えたまま踏み込んでくる。


何をしているの。


死ぬ。

本当に、死ぬ。


圧が落ちる。


押し潰した。

そう思った。


骨が砕けるはずの位置。

肺が潰れるはずの深さ。

逃げ場なんて、どこにもなかった。


なのに。


ずれた。


何かが、ほんの少しだけ。


視界が滑る。

位置が噛み合わない。

今落としたはずの重力と、落ちる前の感覚が一瞬だけ重なる。


時間が引っかかったみたいだった。



「は?」



自分でも、間の抜けた声だと思った。


あの男が、そこにいる。


さっき潰したはずの位置じゃない。

まだ潰れる前の距離。

まだ踏み込める位置。

それなのに、あの男の目だけが全部知っているみたいに真っ直ぐだった。


そして、笑った。


ほんの少しだけ。

口の端を上げるだけの、小さな笑み。


余裕でもない。

強がりでもない。

勝っていた。


理解できなかった。

怖いとも違った。

そのはずなのに、心臓だけが変な音を立てる。


こんな時に。


こんな状況で。


どうして、そんなふうに笑えるの。


目が離せなかった。

私を殺しに来るんじゃない。

止めに来ると、一瞬で分かった。


その確信に、息が詰まる。


近い。


あの男がもう目の前にいる。

重力は落ちる前に抜けられ、押し潰すはずの芯へ先に踏み込まれている。

どうしてそうなるのか分からない。

分からないまま、体だけが遅れた。


その一瞬だけ、体の主導権が戻る。



「……ごめん」



ようやく出たのは、それだけだった。


何に対しての謝罪か、自分でも分からない。

戦わせたことか。

殺しかけたことか。

助けてもらうことか。


全部だったのかもしれない。


次の瞬間、胸の真ん中に衝撃が来た。


殴られた、とは違う。

叩き込まれた掌から、胸の奥へ真っ直ぐ何かが入ってくる。

胸の奥にいた何かだけが、無理やり引き剥がされる。


熱い。


苦しい。


でも、少しだけ軽い。


胸の奥で何かがひび割れる。

私の中にいたものが、初めて悲鳴みたいに揺れた。


重力が散る。

空域を押さえつけていた力が、一拍遅れてほどけていく。

あの少女も、剣を持つ女も、氷を操る女も、もう潰れない。


それだけで、十分だった。


意識が落ちる。

視界の端で、最後に見えたのはあの男の顔だった。

もう笑っていない。

ただ真っ直ぐ、こちらだけを見ている。


その後ろで、ほんの一瞬だけ。


私の視線が、勝手に横へずれた。


誰もいないはずの場所。

けれど、そこに剣を持つ女がいた。


何かが、細い糸みたいにそっちへ引かれる感覚があった。

弱い。

今にも切れそうなほど弱いのに、確かに残っている。


嫌だ、と思った時には、もう遅かった。


暗くなる。


落ちる直前、胸の奥に残ったのは痛みじゃない。

訳の分からない熱だった。


最悪だ。

こんな時に。

どうして、あんなふうに笑うその人が、こんなにも綺麗に見えたのか。

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