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炎垂れて、命燃ゆ ─炎宿す少女、灯火を掲げる─  作者: 東歌
国務四課統理育成選抜試験編
24/25

封印

この日、私たちは権理資料室に集められていた。


イスと机が整然と並んでおり、目の前にはホワイトボードがある。


おそらく、今回私たちが受ける模擬試験の概要を説明するのだろう。


扉が開く音がした。


セオドア先生ではない。


入ってきたのは学年主任のカターモール先生だった。


先生はホワイトボードの前に立つと挨拶をすることなくホワイトボードに文字を書き記し始めた。


【国試験 実行課模擬任務概要】


先生は振り返ると淡々と告げた。


「では、実行課模擬任務の内容を通達する。そして一応忠告しておくが、これは任務ではない。実戦形式だ」


私たちはもうその言葉を、何度も聞いている。


それでも、この言葉は聞く度に私の心臓を強く叩いた。


「任務区域は統理庁管理都市。場所は廃病院だ」


廃病院。


病院という場所が持つ、独特の空気。


生と死が、同時に存在する場所。


先生はどんどん言葉を書き連ねていく。


【任務内容:人質救出及び拠点制圧】


「廃病院に統理庁職員が拘束されているという想定の任務だ。人質は五人」


数字にした瞬間、任務が現実味をより一層強く帯びた。


「この五名を全員救出し、指定の地点まで誘導したのを確認し次第、任務完了となる」


「全員を救出するんですか?」


ダリアさんが質問をする。


「全員だ」


先生は即答した。


逃げ道はない。


全員救出出来なければ失敗なのだ。


「ただし」


先生はまた続ける。


「人質のうち一名は負傷者役だ」


ここでただの救出任務ではないということが明らかになる。


「諜報課の任務帰りを想定し、歩行困難状態にある」


歩行困難状態にあるということは、誰かが肩を貸すなり、担いで運ぶなり、いずれにせよその人のためにある程度の人数を要する。


この任務の難易度が一段上がった。


「敵役は統理庁が用意する模擬戦闘員だ。実際の権理保持者が配置される。数は十名程度。うち四名の幹部は通常より高い戦闘能力を持つ」


私は理解した。


これはただの戦闘ではない。


作戦と、判断力と、行動力と。


全てが求められる任務なのだ。


そして何より、チームの連携が鍵となる。


「評価項目は救出達成度、被害抑制、連携、判断、戦闘結果の五つだ」


先生はその五つの評価項目をまたホワイトボードに書き込む。


「救出達成度に関しては、人質が救出の最中に怪我などを負った場合減点される」


一度の判断ミスで、全てが終わる。


「被害抑制は、建物の破壊、二次被害なとやが減点対象になる」


そして先生は付け加えた。


「なお、過剰な権理使用も減点対象だ」


過剰な権理使用。


蒼理のことだ。


使えば勝てるかもしれない。


でも少しでも制御が出来なければ減点となる可能性もある。


ハイリスクハイリターンとはまさにこの事だ。


「制限時間は四時間。開始時間は明日午前九時。時間切れした場合は失格だ」


四時間。


短い。


短すぎる。


このようなハードな任務を、私たちは数年後には当たり前にこなせるようにならなければならない。


「なるほど。統理庁は僕たちを『兵器』として測るつもりみたいだね」


ノアさんが小さく笑う。


「はははっ!面白い。中々暴れがいがあるな!」


ヴィクターさんが持ち前の大声で叫んだ。


「静かにしろ」


先生が冷たい声を放つ。


「明日までに作戦を自分たちで組め」


そう言って先生は資料室のドアに手をかける。そして最後に言った。


「言っておく。模擬戦闘員は、いくら模擬という文字が付いていても手加減はしない。勝ちたければ、彼らと同等かそれ以上に動け」


先生は居なくなった。


静けさが帰ってくる。


「今から作戦を建てるぞ」


そう言ったのはアッシャーさんだった。


その声には、迷いも遠慮も含まれていない。


「……勝手に仕切るな」


ルーカスさんが不機嫌に反発するように呟く。


だがアッシャーさんはルーカスさんを一瞥するだけで、何かを言うことはなかった。


「時間がない。任務は明日の九時からだ。作戦がないまま闇雲に飛び込むのは自殺行為だ」


その言葉は正しい。


正しいからこそ、何も言えない。


「合理的だね。僕も賛成だよ」


ノアさんがそう言うとダリアさんも言葉を漏らす。


「……まあ、今決めておかないと明日が怖いしね」


二人の言葉を聞き終えたアッシャーさんは、席を立ちホワイトボードの前に立った。そして迷いなく線を引き始める。


出来上がったのは、廃病院の簡易的な構造を表した図だった。


「病院という建物は、通路が多く視界が狭い。敵役が待ち伏せを仕掛けやすい構造だ」


アッシャーさんは説明を始める。


第十グループのリーダーであろうアッシャーさんが立てる作戦はどんなものだろう、と単純に興味をそそられた。


「人質は五名。加えて一名は歩行困難な状態を想定されている。つまり、救出した瞬間から移動速度が落ちる」


淡々とした説明が、逆に現実味を増していく。


「この任務で一番危険なのは人質を確保した後だ。敵役十名が人質を奪還する形で襲ってきてもおかしくない」


確かにそうだ。


救出した瞬間、「守らなければいけない対象」ができる。


守る対象が増えれば増えるほど、戦いは難しくなっていく一方だ。


「そこで─────」


アッシャーさんはホワイトボードに大きく二つの枠を書いた。


【制圧班】


【救出班】


「この二班に分ける」


その瞬間だった。


「わかってるな!」


爆発音……否、ヴィクターさんの声が響いた。


机をバンッと叩いて立ち上がる。


「今までの話は意味わからんが!制圧班とやらに俺が入れば!俺の暴れる時間が増えるってことだよなあ!?」


「うるせえ……」


ルーカスさんが眉間に皺を寄せる。


「ヴィクターくんがいるだけで自然と敵役の人が集まりそうだよねえ……」


この場に似合わない声色で呟くリーシェさん。


「はははっ!敵が来たら殴ればいいだろ!」


「この調子じゃ建物も壊していくわよ」


グレイスさんが呟く。この雰囲気を見るに、アッシャーさんたちのグループにとってこれは日常茶飯事のことなのだろう。


「壊れたらそれはそれで派手だからいいだろ!」


「よくない。聞かなかったか?建物の破壊は減点対象だ」


アッシャーさんが一言で切り捨てる。


「……お、おう」


ヴィクターさんはピタリと叫ぶのを辞めた。


この人、アッシャーさんの言うことは聞くんだ……。


アッシャーさんは何事も無かったかのように話を再開する。


「制圧班は敵を引き付け幹部役を潰す。救出班は人質を確保し指定地点まで運ぶ。同時進行が前提だ」


アッシャーさんはそう言うと、班分けをし出す。


「制圧班はルーカス、ヴィクター、ダリア、リーシェ。救出班は俺、トモリ、グレイス、ノアだ」


ダリアさんが驚いたように目を見開く。


「え……私、制圧班なの?てっきり救出班だと思ってた」


「お前が制圧班に入るのは当然だ」


アッシャーさんはダリアさんに自分の考えを示す。


「水理は制圧に向いている。遮断、消化、拘束……とにかくお前一人でできることの幅が広い。それに……」


アッシャーさんはここで一度言葉を止める。


「制圧班が暴れすぎた場合、お前が止めろ」


制圧班にはヴィクターさんがいる。確かに、明日どう暴れ出すか予測がつかない。


「……了解」


「よっしゃああ!おい光理!俺とお前で全部ぶっ潰すぞ!」


「やめろ。俺はお前の相棒じゃねえんだよ。つかなんだよその呼び方」


「はははっ!照れるなよ!」


「照れてねえ!」


「仲良しだねえ」


「仲良しじゃねえ!」


リーシェさんにも鋭いツッコミを入れた。


するとグレイスさんが喋りだす。


「救出班は守りが中心ね。私の界理で結界を貼って、撤退しながら護送する」


「風理で移動速度を上げるのもいいかもしれないね。負傷者を運ぶ負担も減るだろうし」


ノアさんは更なる提案をする。


この班は、守りに特化している。


つまり、特出した火力を持っている人が少ない。


そうなったときに頼るのは、私の朱理。


そして、蒼理。


アッシャーさんは私の方を向いた。


「トモリ。蒼理は基本的に使うな」


やっぱり。


蒼理は味方を守る力じゃない。


味方すらも巻き込む力だ。


ノアさんが静かに言う。


「正論だね。救出と蒼理は相性が悪い」


グレイスさんも呟く。


「使えば減点どころか、失点になりかねないわね」


その言葉を聞いて、リーシェさんは可愛らしく首を傾げる。


「でも……敵が強すぎたら?」


ヴィクターさんが即座に叫んだ。


「その時は使えばいいだろ!蒼い炎!絶対強ぇんだろ!」


「うるせえ黙れ」


ルーカスさんが間髪入れずに言う。


「ねえ、トモリの蒼理は玩具じゃないんだけど……」


ダリアさんもそう言った。


そしてアッシャーさんは淡々と結論を出す。


「蒼理は封印が基本。ただし、使うべき時が来たらそれは例外だ」


アッシャーさんの目は冷たい。


でもその目は確かに私を捉えている。


「最終的な判断はお前自身に任せる」


そう。結局は、使うも使わないも結局は私の判断。


「だが使うなら確実に制御しろ。できないなら使うな」


私は小さく言った。


「……分かりました」


口ではそう言った。


でも心の中では分かっていなかった。


制御。


それができていれば、私は今こんなに怯えていない。


それでも。


この場で「できない」と言った瞬間、私は切り捨てられる。


そう直感してしまった。


アッシャーさんはホワイトボードに視線を戻す。


「班分けは確定だ。次は侵入経路と合流地点を決める」


淡々と。


冷たく。


けれども正確に。


私たちの命運を決める会議は、既に始まっていた。

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