合理的
アッシャーさんたちが教室を出て行ったあとも、教室の空気は戻らなかった。
この教室に残されたのは、静かすぎる空気と、拒否を許さない威圧感だった。
別教室に移動し、一番最初に口を開いたのはルーカスさんだった。
「気に食わねえんだけど」
「正直、私は怖い」
「怖い?」
ダリアさんの言葉をルーカスさんが聞き返す。
「あのグループ、強いだけじゃない。凄く冷たい感じがする」
冷静な口調でダリアさんは続ける。
「勝つために組むって言ってた。だから、私たちは『仲間』じゃなくて『道具』として見られる可能性があると思う」
最後にダリアさんは私の方を向いて言った。
「特に、トモリなんかは」
ダリアさんが指しているのはきっと蒼理のこと。
蒼理。
この言葉に最近どれだけ悩まされてきたか。
蒼理の調査は中々進んでいないようで、私自身も詳細を分かっていない。前例がない事象が多いから解析に時間を要しているのだという。
蒼理の詳細が説明されないせいで、他の人からは勝手に推察され勝手に恐れられ、挙句の果てには道具として見られる可能性も否めないのだ。
私自身、今はもう疲弊しきっていた。
「でも、それは僕たちも同じなんじゃないかい?」
口を開いたのはノアさんだった。
「あいつらを利用する、それも戦略の一つだよ。僕たちが彼らを信用しないなら、彼らも僕たちを信用しない」
次々と冷静な分析を並べ立てていく。
「だったら、利害一致のまま組む方が合理的だと思わないかい?」
合理的。
アッシャーさんも同じことを言っていた。
嫌な言葉だ。
「お前、アッシャーと同じこと言ってるぞ」
ルーカスさんは嫌悪感を示すようにノアさんの方を見る。
ノアさんは微笑んだ。
いつものあの、余裕そうな笑顔だ。
「同じことでも、意味は異なる。僕は僕たちの為にそう言っているんだ」
私はゆっくり息を吸い込んだ。
考えなきゃいけない。
ちゃんと、自分で。
「アッシャーさんたちと組むなら、きっと実行課に行くのは避けられない。それなら、実力のあるアッシャーさんたちと組むメリットは大きい」
「でもトモリ……」
ダリアさんがまた心配の眼差しを向ける。
まだ能力の詳細が判明していない蒼理を使うのは危険だ。加えて、蒼理は統理庁の監視対象。
使えば使うほど、蒼理の異常性は露呈するだろうし、また学校で奇怪な目を向けられるだろう。
きっとアッシャーさんたちが見ているのは私の中にある蒼理。
それでも。
逃げたくなかった。
逃げてしまったら、何がが「終わる」ような気がしてならない。
「利用されるのは嫌。けど、拒否して敵になるほうがもっと怖い」
沈黙。
セミの声が耳にダイレクトで届いた。
「てことは……?」
ルーカスさんが小さく言う。
「私は、アッシャーさんたちと組みたい」
「私も、かな。ノアが言ってることは一理あるし」
ダリアさんが私に賛同し、ノアさんが肩をすくめる。
「最初からこうなるんだろうなとは思っていたけど、ここまですんなり行くとはね」
ルーカスさんは舌打ちをし、髪をかき上げる。
「はあー……やっぱ気に食わねえ」
でも、ルーカスさんの言葉はそこで終わらなかった。
「……分かった。組む」
私たちは前に進む。
次の舞台へと。
廊下を歩きながら、ダリアさんが天井を見上げた。
「決まったはいいけど、これで本当によかったのかなってちょっと思っちゃう」
私は何も返せなかった。
でも、この試験で「最適解」を見つけ出すのはきっと限りなく不可能に近い。
どの道を選んでいても、きっと同じような思いが胸にあっただろう。
その時だった。
廊下の向こうから、見覚えのあるシルエットが四人分現れる。
そして私たちはお互いに近寄り、やがて立ち止まる。
「結論は出たか?」
ルーカスさんが一歩前へと出た。
「ああ、組んでやるよ」
「『組んでやるよ』……。随分と上から目線だな」
「そっちは頼み込んでいる側だろうが」
「まあだが……俺たちと組んでおくのが賢明な判断だろうな」
アッシャーさんはそう言うと、少し目を細めた。
笑っているのか、はたまた─────。
考えるのはよしておいた方がいいかもしれない。
だって、もう戻れないのだから。
この選択が私たちをどこへと連れていくのかはわからない。
ただ1つ確かなことがあるとするのなら。
アッシャーさんたちが私たちを選んだ理由を、まだ語っていないということ。




