冷たい祝福
1年A組の教室。
その教室は、今までとは何も変わらない。
机が整然と並び、多くの生徒がそこに詰め込まれ、様々な経験を積んでいく。
私は、そこでいつも通り読書にふけっている……ふりをしていた。
ただ違うのは、生徒同士の雰囲気だった。
静かすぎる。
誰も大声で話したり、笑ったりしない。
誰かと話すとしても、自分と同じグループの人同士であり、その声もとても小さい。
生徒たちは、皆疲れきった顔をしていた。
生存適性統理育成選抜試験。あの試験が終わってから三日が経過したのにも関わらず、この空気がずっと続いている。
あの試験は、ただの試験ではなかったと、今なら確信して言える。
同じスタートラインから一斉に走り出したのにも関わらず、勝者が勝者として教室に戻り、敗者が敗者のまま同じ教室に戻る。
その事実が、ここまでこの教室の空気を息苦しいものにしていた。
そしてずっと突き刺さり続ける、私への鋭い視線。
TDB─────統理データベース。
あの制度が投入され、自分がどれだけ「強い」か、国にとって自分がどれだけ「価値がある」か。
それを痛いほど残酷に、現実として突きつける。
私の総合評価がTDBでS評価となってから、周りからの視線、印象が大きく変わった。
廊下を歩けば、見知らぬ誰かから視線を向けられるようになった。
その視線の種類は実に様々。
羨望、恐怖、嫉妬、そして嫌悪の眼差し。
色々な感情を持った目が私を常に捉えている。
とにかく居心地が悪かった。
S評価を取った。
本来なら喜ぶべきなんだろう。
でも私は、この事実を素直に喜べずにいた。
ダリアさんからはいつもの笑顔が消え、ノアさんは窓の向こうに映る景色をただ見ていた。
一方ルーカスさんは机に突っ伏していた。
寝ているフリなのかと思い、しばらく観察してみる。
瞼は動かず、呼吸で身体は一定の動きを繰り返している。
どうやら本当に寝ているみたいだ。
羨ましいはずなのに、羨ましいと思えなかった。
そんな空気を断ち切るように、扉が開く音がする。
担任であるヘンリー・セオドア先生が扉を開けたのだ。
「アーレント」
空気が凍る。
私はゆっくりと顔を上げる。
「統理庁から呼び出しが。面談に行ってきてください」
「はい」
私はゆっくり立ち上がった。
椅子が床を擦る音がやけに大きく響く。
行きたくない。
けれど、拒否はできない。
教室を出る。
背中に突き刺さる無数の視線を感じながら。
面談室は極めて静かだった。
音が無いわけではない。
空調の微かな風音と、キーボードを叩く乾いた音がある。
けれど、それ以上の音が全くない。
私は恐る恐る椅子に座った。
机を挟んで、女性と男性の面接官が一人ずつ座っている。
「トモリ・アーレント。総合評価S。国家機関推薦対象となりました」
祝福の言葉はない。
事実だけを淡々と女性が告げた。
「確認ですが、あなたは炎理とあの異常な炎の二つの権理を使用しますね」
「……はい」
異常。その言葉が深く突き刺さった。
「炎理に関しては、通常の火炎系統と相違ありません。危険度も標準です」
その言葉に、肩の力が抜けそうになる。
「問題は統理試験中につかった異常な炎です」
また、空気が凍りついた。
この一言が、私を再び現実的に引き戻した。
「あの炎の特徴は、火炎系統でありながら熱を生まない点にあります」
女性はそう言って、私にタブレットの液晶を見せた。
そこに映っていたのは、あの炎を使っている私の熱源解析のグラフだった。
炎の見た目をしているのに、熱が存在しない。
ありえない。
「通常の炎は燃焼により熱エネルギーを発生させます。しかしこの炎は逆。周囲の熱を奪い、燃焼現象を成立させています。」
奪う。
奪って、燃える。
それは炎というより、「欠損」に近い。
「統理庁はあなたの炎を、通常の火炎系統として分類していません」
女性は続ける。
「この炎は異常権理として扱われます。後にこの炎も、統理庁が正式名称を付与します」
その言葉の意味が、重すぎた。
私は、普通じゃない。
私は、異常。
それだけで、この国では監視対象になる。
先程までずっと何も口にしていなかった男性がふいに口を開く。
「つまりお前は、異常因子だ」
冷たく、重い言葉。
私を普通から切り離す言葉だった。
「よってあなたは、あの炎を統理庁の許可無しに使用できません」
私はこの時やっと理解した。
S評価は栄誉ではない、首輪なのだと。
女性は最後に言った。
「あなたは極めて貴重で、極めて危険です」
こちらをしっかりと見つめている。
「国家はあなたを必要とします。だからこそ、国家はあなたを管理します」
「……私は」
何を言えばいいかわからない。
「普通に、学校に……」
「普通を望むな。お前はもう普通じゃない」
男性がピシャリと言い放つ。
私は目を伏せた。
この面談で理解したこと。
あの炎は、ただ強い力ではない。
あの炎は─────
私の人生を壊す力だ。




