序列
生存適性試験が終わった翌日、私たち一年生は体育館に集合していた。
こうして学年で集まるのは入学式以来だ。
私はあの驚きの入学式が一週間前に行われていたこと、そして一週間とは思えない濃密は時間を過ごしたことについて驚きを隠せずにいた。
ステージへ登る階段の傍には、スーツを着た大人たちが数名並んでいる。
─────ラドロネス国家統理庁。
そこに座っていたのは、通称統理庁に在籍する大人たちだった。
「トモリ大丈夫?なんかガチガチだけど」
隣に座っていたダリアさんがこちらに身を寄せて小声で言った。
「だ、大丈夫です……」
震えた声が出た。
嘘。全然大丈夫ではない。
ダリアさんは前を向きながら言った。
「緊張してるだけだよ……多分」
最後に若干言葉を濁した。
私だけじゃない。ここにいる全員、これから起こることが何かは知らず、心配と焦りを抱えているのだ。
「……この規模での結果発表って落ち着かねえな」
ルーカスさんが呟いた。
昨日のような声ではない、いつもの声だった。
私はあのあと、ルーカスさんと言葉を交わしていない。
「まあ、統理庁の人が来ているなら尚更だよね」
ノアさんがいつもの調子で言う。
だがいつもの余裕そうな笑みは消え去っていて、それがこの状況の重大さを強調していた。
生存適性統理育成選抜試験《せいぞんてきせいとうりいくせいせんばつしけん》。
この試験に、私の人生の境界線を引かれたのかもしれない。
そんな空気を切り裂くように、体育館のスピーカー越しに先生の声が響いた。
「生存適性統理育成選抜試験の結果を発表します」
その言葉で、体育館の喧騒が一瞬にして消え失せた。
先程とは、明らかに雰囲気が異なる。
私はそれを肌で感じた。
「時間の都合上、上位三グループのみ発表する。4位以下のチームの順位は各クラスに張り出すので確認するようにしてください」
つまり、この三グループで私たちの名前が呼ばれなければ、4位以下であることが確定するということ。
名前を呼ばれるグループと呼ばれないグループのその間には、一体何があるのだろう。
「第三位。一年A組、第七グループ」
「えっ」と、隣に座っていたダリアさんが声を出した。その目は大きく見開かれている。
第七グループ、つまり、私たちのブループだ。
「三位……」
ルーカスさんは先生の言葉を反芻する。
「いい滑り出しだね」
ノアさんはいつもの余裕の笑みを含みながら言った。どこか安心しているような、そんな表情。
三位。大会などで言えばメダルが貰える順位だ。
……三位。
嬉しいはずなのに、笑うことができない。
順位なんてどうでもいい、とさえ思ってしまったのだ。
あの蒼色の炎で、何かを壊してしまったような気がしたから。
「第二位。一年B組、第十グループ」
またざわめきが起こった。
私たちがまだ出会ったことのないグループだった。
周りの人達が後ろを振り向いた。私も後ろを向く。
そして、大勢からの視線を浴びるグループを見つけた。
赤髪に紫色のメッシュが入った少年、目を細めてただただ前を凝視する水色髪の少女、ニコニコと笑いながら左右にゆらゆら揺れている黒髪の少女、「ははっ、叫び放題じゃねえか!」と大声で叫ぶオレンジ髪の少年だった。
その四人のうちの赤髪に紫色のメッシュが入った少年と目が合った。
その目は赤色と黄色であり、どこか神秘的は雰囲気を潜めていた。
「第1位。一年A組、第一グループ」
第一グループ。そのメンバーは、タイルさん、アリシアさん、ローズさん、セイラさんだった。
拍手が起きない。
そこに広がるのは言い表しようの無い静寂と、警戒の雰囲気だった。
「以上が上位三グループです」
結果は発表された。これで一旦は一安心だ。
「なお、今回の試験において異常な権理が確認されました」
寝耳に水だった。
周囲がざわつく。
心臓が跳ね上がるのを感じた。
……私だ。誰が聞いても分かる。
「詳細は後日統理庁によって解析されます。対象者には後日、通達が行われます」
異常な権理。
統理庁。
解析。
通達。
その重々しい言葉が身体にのしかかってくる。
「そしてこれより、統理データベースの説明を始めます」
統理データベース。
聞き慣れない言葉が耳に入った。
「ノア、聞いたことある?」
「いいや、ないね」
ダリアさんとノアさんが小声で確認をし合う。
先生の背後にあるスクリーンが、パッと切り替わった。
映し出されたのはランク評価だった。
【総合評価:S/A/B/C/D/E】
その下には、見慣れない項目が並んでいた。
【権理出力】
【権理制御】
【機動力】
【耐久力】
【戦闘センス】
【継戦能力】
「……何これ」
ダリアさんが唖然とした声で言う。
「こんな細かい評価するだなんて聞いてねえよ」
「権理の強さを項目別に分解しているんだろうね」
すると、先程まで階段の傍に座っていた統理庁の人の三人の中の一人が壇上へ上がった。きっと、ここからは統理庁の方から説明をするのだろう。
「本試験の結果は、統理庁が管理する『統理データベース』、通称TDBに記録します。生徒の能力は項目別に評価され、履歴として保存されます」
私は、身体が一気に冷えていくのを感じた。
TDBに記録されるということは、つまり私たちの権理に関する情報全てが統理庁に管理されるということ。
「総合評価Sの者は統理庁推薦対象になる。該当者は後日、統理庁による面談を実施する」
推薦に面談。
統理庁への加入が一気に具体化した。
「推薦って……統理庁入り確定っつーことなのか?」
「面談って……」
周りの人達も困惑の色を示す。
推薦、か。
それは果たして名誉なのか、はたまた監視対象なのか。
統理庁の職員が言う。
「では、評価を発表する」
そう言うと、ズラズラと名前が映し出された。
Cだった、Dだった、など、周りの人達が次々に言葉を零していく。
先程まで静かだった体育館は、大雨のような沢山の声に溢れていった。
その中に、見覚えのある名前があった。
【ルーカス・アゼリア:A】
ルーカスさんも自分の名前を見つけたようで、一瞬身体を硬直させていた。
「……A、か」
「すごいじゃん」
ダリアさんが小さく拍手をする。
「余裕っしょ」
歯を見せて笑顔を零した。
そのあと、ほっとしたかのように息を吐いたところを見るあたり、内心安心していたのだろう。
【ダリア・フローレンス:A】
「あ、私もAだ。やった」
ダリアさんは小さくガッツポーズを作る。
「さすがダリア。水の女神だな」
「調子乗りすぎ」
ルーカスさんの軽口に鋭いツッコミを入れながらも、ダリアさんの声は柔らかさを帯びていた。
そして。
【ノア・ベネディクト:A】
「Aだね」
ノアさんは表情を変えず呟いた。
「反応薄っ」
「驚く理由がない」
ルーカスさんの反応にも淡々と返答した。
そして、タイルさんのチームのメンバーの評価もその下に評価されていた。
【タイル・コードウェル:A】
【ローズ:A】
【アリシア・シャロン:A】
【セイラ・ブライアント:A】
私の名前はまだ出てきていない。
A評価以下なのか、それとも─────。
【トモリ・アーレント】
スクリーンが切り替わり、私の名前が出てきた。
その下に表示された評価は「S」という一文字だった。
「S!?」
「まだ一年生だよ!?」
「やっば……」
周りの声がより一層強まる。
耳が痛い。
「……は」
その中で、私は思わず声を漏らした。
私が?
S評価?
ルーカスさんはこちらを見たまま硬直、ダリアさんは口を押さえて固まり、ノアさんは何も言わないという、三者三様の反応。
そんなことは気にせず、職員は壇上で淡々と発表を続ける。
そしてその瞬間、信じられないものを見た。
【アッシャー・カーシー:S】
【グレイス・ノラ:S】
【チェイト・スチュアーテ:S】
【リーシェ・セレーナ:S】
「……全員S?」
「二位のグループの奴らなのに?」
「どういうことだよ……」
これにはただただ驚くしかなかった。周りの人も、皆同じような感想を抱いている。
そしてこの全員総合評価Sのグループは、どうやら生存適性試験で二位を取ったグループなようだ。
「順位と総合評価は別。試験で点を取る強さと、純粋な戦闘適性は違うってことですかね」
私が説明すると、ルーカスさんは納得のいった顔つきをした。
「あー、そういうことか。ややこしいな」
「TDBって、個人的に好きなときに見れるのかな」
ダリアさんが首を傾げた。
このような限定的な場所でしか見られないのと、いつでも好きなときに見ることが出来るのとでは情報収集などに大きく影響が出る。
私も丁度同じようなことを考えていた。
「統理庁の公式アプリで見れるそうだよ。ただ、校内ネットワークに繋がってるときしか見られないようだけどね」
ノアさんが説明をしてくれた。
「そんなんどこで知ったんだよ」
「入学式の日に貰った学校のマニュアルに書いてあったよ。知らなかったのかい?」
「知らねぇよ!」
ルーカスさんは投げ出すように言う。
「じゃあ、これが終わったら四人の評価の詳細見てみない?」
「現状の把握に繋がりますしね」
「そう!だから見ておいて損はないよ」




