踏み込んだ領域
正直、混乱していた。
あんなことになるだなんて思わなかったからだ。
トモリは確かに近くに存在しているのに、何故だか遠い存在に感じるのも、あのことが影響しているのだろうか。
でもこの力について真剣に話す機会はここしかない、そう直感で思った。
俺はずっと扉に寄りかかっているトモリに言った。
「とりあえず座れよ」
「あ、別に大丈夫です……」
いつも若干オドオドとした話し方をするが、今日はより一層オドオドしているというか、挙動不審というか、歯切れの悪い返事だった。
俺だけ座っていて、トモリだけ立って話すのはどうにも落ち着かない。
「そんなすぐに終わる話じゃないし、座れよ」
俺はトモリの手首を軽く掴み、トモリに座るように促す。
───────冷たい。
反射的に手を離しそうになる。
今日は特段寒いわけではない。明らかに、トモリの体調がおかしい。
「なんだよ、これ」
「別に、平気です。初めて使った能力だし、ちょっとおかしいだけで……」
掠れた声だった。
どう見ても平気じゃない。
俺は身につけていたブレザーを脱いだ。
「ほら」
トモリの肩に俺のブレザーを掛ける。
「え、ちょっ……」
「いいから着とけ」
こっちが見てて落ち着かない。
拒否させる暇も与えず言う。
そしてそのまま軽く手を引いて椅子に座らせた。
「で?これが『ちょっと』なのかよ」
「でも私が、あそこで頑張らなきゃいけなかった……ですよね?」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
「それで倒れたら意味ねぇだろ」
自分でも面白いほどに言葉がスラスラと出てくる。
「でも結果的には大丈夫で……」
「大丈夫じゃないだろ」
トモリが俺の顔を見上げる。
「今のお前の状態で『大丈夫』なんて言われても少しも信用出来ない」
自分でも、言葉がキツくなっていくのが分かる。
「倒れてねぇから?無事だから?」
でも、言葉は止まらない。
「そんなの、結果の話だろうが」
逃がすまいと、視線を固定する。
「次同じことして、全く同じ結果になる保証あるのかよ」
「それは……」
「勝手に決めんな」
「でも!」
今まで聞いたトモリの声で、一番の声量だった。
「無茶するかも、どこまでやるかも、全部私一人で決めることですよね?」
「俺にも選ばせろ」
そう口にしてからやっと、自分でも意味不明なことを言っていることに気づく。
選ぶ?何を。
そんな権利無いはずなのに。
でも、他の奴に選択権を委ねたくなかった。
ふと考えたことに、自分でも若干引く。
なんでだ?
なんでそんなことを思う?
他の奴の方が、冷静な判断を下すかもしれない。
なのに、嫌だという感情が即座に出る。
任せたくない。
こいつを、他の誰かに。
……何考えてるんだ。
ただの「チームメイト」なのに。
そう思ってしまう理由を、考えたくなかった。
「……お前さ、もう少し自分のこと考えろ」
トモリは、頷くことも、何か言うこともなかった。
また、黙り込んでいた。
何が言おうか、そう思った時だった。
「……で」
「で?」
いきなり発せられた一言に、思わずオウム返しをしてしまう。
「終わりじゃないですよね」
その目には、力強さが強く映っていた。
一歩も引いていない。
理解できない。
どうしてここまでする?
「次、どうしますか」
目が、離れない。
「私はここで終わりたくないです」
この時点で、不安、焦り、色々な感情が混ざりあっていた。
でも何より─────
トモリ・アーレントという一人の人間を、もっと知りたいと思った。
彼女の、内なる炎を、もっと知りたいと思った。
あの蒼い炎のことも、その先にあるものも。
目を逸らす気になんてならなかった。
踏み込んでいいのかも分からない。
関わっていいのかも分からない。
それでも引くという選択肢だけは、最初からなかった。
俺はこの瞬間、踏み込んでいいのかも分からない未知の領域に片足を突っ込んでしまったんだと思う。




