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炎垂れて、命燃ゆ ─炎宿す少女、灯火を掲げる─  作者: 東歌
生存適性統理育成選抜試験編
14/25

理解の外側

蒼色の炎が静かに揺れ動く。


熱はない。だが、「何かを焼いている」感覚だけが残っていた。


自分でも本当に分からないのだ。


何をしているのか、何が起きているのかさえ。


ただ─────


「……動ける」


さっきまで私の身体を縫い付けていた何かは、既に解けていた。


立ち上がる。


視界の端で、タイルさんの表情が僅かに変化したのが見えた。


その表情は、先程までの作業をしているかのような目とは異なる。


「……興味深い」


「ねえ、それ何?私にだけでいいから、教えて欲しいなあっ」


満面の笑みを含ませて声を弾ませるアリシアさん。


きっと、その心の奥底にあるのはこの蒼い炎に対する好奇心。


「分かりません」


正直に答えた。


「へえーっ」


アリシアさんが目を細める。


「……おい」


タイルさんの低い声が唸りを上げる。


「それ以上、出力を上げるな」


言われて初めて気づく。


蒼い炎がさっきよりも大きくなっていることに。


私は、意図的に炎を大きくしていない。


これが意味することは─────


「勝手に出力が上がってる……?」


「えー……それやばくない?トモリちゃん」


アリシアさんの声にも焦りが滲む。


そして次の瞬間。


炎がぶわりと広がる。


視界の端で壁が「削れた」。


焼けた跡はない。


ただ、存在そのものが消えているようだ。


焦り。


自分で制御ができない。


炎はどんどん強くなる。


止まらない。


また───────


「……チッ」


タイルさんが舌打ちを打つ。


初めて見る表情だった。


「アリシア、下がれ」


「えー、でも……」


「下がれっつってんだろうが」


空気が張り詰める。


その刹那、何かが壊れる音がした。


腕時計からけたたましい音が響く。


「……え」


その音は、私の腕時計から鳴っていた。


『異常現象を察知』


無機質な声。


だがその場の誰よりも強い響きを持っていた。


『権理干渉の限界値を超過』


炎がさらに揺らめく。


視界が歪む。


『制御不能と判断』


アリシアさんは微動だにしない。


『転送します』


タイルさんが目を見開いた。


「待て─────」


最後に聞こえた言葉はそれだった。


身体が軽くなる。


視界が真っ白に塗りつぶされている。


まだ、まだいけるのに。


そう思った時、意識が途切れた。


廊下には、静寂だけが残る。


その場に残ったのは何も無い空間。


そして、ほんの一瞬だけ、蒼い炎が揺れていた気がした。
















意識がふっと戻る。


ぼんやりとした白い光。


足元に硬い感触。


「……っ」


ふらつく身体をなんとか支える。


さっきから、少し寒い。


だが、痛みはない。


試験中に負った怪我は既に完治していた。


蒼色の炎の感触だけが手に残っている。


私は、その手をぎゅっと握った。


そして見覚えのある廊下。


だが静まり返っている。


さっきまでのけたたましい銃声も、足音も、全て消えていた。


まるで、最初から何も起きていなかったかのように。


とりあえず、この部屋に入ろう。


そう思い、扉に手をかけた時だった。


「……ねえ、今の見た?」


ダリアさんの声だ。


「見たよ。でもあれは……」


ノアさんの声も聞こえるが、その声は直ぐに止まる。


「なんなんだ、あれ」


ルーカスさんの声が響いた。


低くて、いつもと違う真剣な声。


扉にかけていた手を、そっと離した。


扉を開けることが、できない。


開ければ、いつもの場所に戻る。


開ければ、さっきのことを話すことになる。


開ければ─────


全部終わったことになるような気がした。


本当に終わったのだろうか。


あの炎は。


あの感覚は。


まだ自分の中に残っているのに。


手のひらを見る。


何もない。それでも─────


「……ふぅ」


ゆっくりと息を吐いた。


「戻らなきゃ」


小さく、でも確かに呟いた。


もう一度、扉に手をかける。


今度は迷わない。


扉を開ける。


光と、三人からの視線が一気に流れ込んできた。


扉を閉める音がやけに大きく響いた。


誰も何も言わない。


「……トモリ」


最初に口を開いたのはルーカスさんだった。


ゆっくりと立ち上がる。


その動きには、いつもの軽さが微塵もない。


「お前、さっきの─────」


言いかけて、止まった。


慎重に言葉を選んでいるのだろう。


その間に、ダリアさんが一歩近づく。


「大丈夫?怪我とか……」


「あ、大丈夫です」


短く答える。


事実、傷はこちらに転送された時点で完治している。


でも、完全に無事か?と言われると少し違う気もした。


ノアさんは少し離れたところで、じっと私を見つめる。


観察をする目。


いつもの飄々さは消え失せている。


「あれ、なんだったの?」


ダリアさんの問い。


明らかに動揺している声。


私は考える。言葉を探す。


……見つからない。


「分からない、です」


結局、それしか出てこない。


また沈黙が部屋を支配する。


「……だよな」


ぽつりとルーカスさんが言う。


声のトーンは、いつもの雰囲気に近かった。


「とりあえずすげーのは分かった」


その言葉に、私は目を伏せた。


凄いことなのだろうか。


自分でも分からない。


「炎、じゃなかったですよね」


気づけば言葉を零していた。


三人の表情が、僅かに変化する。


「風が動いていなかったからね」


ノアさんが、やっと口を開く。


「あれは炎では、ありえない」


ほぼ断言しているような物言いだった。


ダリアさんが息を呑む。


「じゃあ、あれってなんなの……?」


誰も答えられない。


答えの存在しない問いが部屋に立ち込める。


私はもう一度手のひらを見る。


何も無い。


けれど、確かに「何か」はあった。


それだけは間違いない。


誰も口を開かない。


時計の秒針の音だけが、静かに響いていた。


すると、突如としてアナウンスが流れた。


『試験が終了致しました。結果は後日発表しますので、速やかに旧校舎から退出してください』


「あ、試験終わったんだ。アナウンスも入ってるし、帰らない?」


ダリアさんがいつも通りのテンションの高い声で言った。だが、いつものような声のハリはなく、無理矢理出しているような声だった。


「俺は残る」


即答だった。


「トモリと、話したいことがある」


そう言ったのはルーカスさんだった。


間違いなく、あの蒼い炎の話をするのだろう。


「じゃあ僕は、ダリアちゃんと一緒に帰ろうかな」


そう言ってノアさんは椅子から立ち上がり、ダリアさんと共に扉の方へ向かう。


扉の前にいた私は二人の通行の邪魔にならないように横にはける。


そして二人はこの部屋を後にした。


部屋に残ったのは私とルーカスさんだけ。


逃げ道は残されていなかった。

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