それは炎ではない
ルーカスさんが膝をつく。
「……ルーカスさん」
何も言わない。言えないのだろうか。
当然だ。さっきからずっと、気を張って戦っていたのだから。
やがて、ブザーが鳴り響く。
『対象者の身体的異常を察知。転送します』
そしてルーカスさんも、ダリアさんやノアさんと同じく脱落した。
私の背後で、タイルさんがフッと息を吐き出す。
「……あと一人」
ただただ作業をこなすような、冷たい目。
こっちが、本物のタイルさんだ。
「トモリちゃん、私の期待を裏切らないね。ねえタイル、この子面白くない?」
元の姿に戻ったアリシアさんがはしゃいだ様子で言う。
「全くもって面白みを感じない」
吐き捨てるようにそう言った。
「なんで、わざわざ入れ替わるようなことしたんですか」
別に、タイルさんとアリシアさんが入れ替わる必要など無かったはずだ。
どうしてわざわざリスキーなやり方をしたのか。
「アリシアが言うことを聞かないからだ」
アリシアさんが答えてくれると思っていたが、意外なことにタイルが答える。
「アイツは面白そう、試験で戦ってみたいとか言って聞かなかった。こうやってお前を試すことができたら、真面目にやっても良いと言ったからこのことをしたまでだ」
「タイルだって、結果的に面白いものを見れたでしょ?」
「さっき面白くないと言ったはずだ」
「えー、つれないなあ」
アリシアさんは口をへの字に曲げ、不満そうな顔をする。
なんだかアリシアさんがいると、戦場にいるという意識が薄くなる気がする。
「でもね……」
アリシアさんが私の方に近づいてくる。
私の顔を覗き込む。
「まだなんだよねえ」
「はい?」
私は思わず聞き返す。
「まだ」とは何を言いたいのか、私には検討がつかない。
「なんか、まだ隠してる気がするの」
「もうなにも隠してることなんてないですけど」
本当になにもない。アリシアさんの前で炎の権理も使っているんだし、隠していることはない。
「もういいアリシア。さっさとやるぞ」
タイルさんが戦闘態勢に入る。
こちらへ一歩踏み出してきた。ガラスの破片を踏むことも厭わず、ザリザリと破片を踏み潰すような音を立ててやってくる。
次の瞬間、銃声がこだました。
反射的に横へ跳ぶ。なんとか回避でき、銃弾は先程まで私が立っていた部分の床を抉る。
私の身体能力で、これを避け続けるのは厳しいかもしれない。
──炎纏。
一時的な身体能力強化。気休めには丁度いいだろう。
間髪入れずにもう一弾放たれる。
アリシアさんからの発砲だった。
避けながら、タイルさんに一気に詰め寄る。
もしタイルさんの権理が言葉での命令能力だとするならば、喋る暇もなく攻撃すれば──。
「Kneel」
炎纏の身体能力強化でも間に合わなった。私は言葉通り、膝をつく。
強く床に叩きつけられる。
恐怖。
身体が、心が理解しようとしてしまっている。
この人には勝てない、と。
「残念、トモリちゃん。もっとお話したかったなあ」
戦場に似合わない気の抜けた声。
せめてもの抵抗で、私は朱色の炎を出す。手のひらが、少し暖かくなった。
「終わりだ」
タイルさんが銃を構える。
指が引き金にかかる。
発砲される。
そのときだった。
胸の奥で、何かが揺らぐ気配。
手のひらの炎がぐらりと揺れる。
「……ん?」
朱色の炎が、徐々に色を変えていく。
朱色から、紫色へ。
紫色から────
蒼色へ。
それと同時に暖かみが失われる。
青い炎は、赤い炎より熱いはずなのに熱くない。むしろ、冷たいのだ。
そしてこの炎は、何も燃やしていない。
蒼い炎が揺れる。
ただ、目に見えない何かが消滅していく。
身体を縛りつけていた感覚がふっと消える。
焼ききれたかのように。
「……なんだそれは」
タイルさんが、分からないものを見る目をしていた。
「……あはっ」
アリシアさんが笑い声をあげる。
「トモリちゃん、期待を裏切らないね」




