偽りの影
ただひたすらに走っていた。
ノアさんは脱落した。
ダリアさんも見当たらない。
ルーカスさんはあの感じだと、長時間戦っているのだろう。
まともに動けるのは、きっと私だけ。
見覚えのある廊下に入る。
もうすぐだ。
「はあ、はあ、はあっ……」
着いた。
息切れが凄くて、喋ることができない。
その廊下は、最後に見た景色とは全く異なっていた。
ゴロゴロと転がる鉄パイプ、キラキラと太陽に反射的するガラス片、ところどころに刻まれた斬撃跡、壁にめり込んだ模擬戦闘用の銃弾。
目の前には、ボロボロで、しきりに肩を上下にさせているルーカスさん、余裕な様子で私を見るタイルさん、そして固まったまま視線だけこちらに向けているローズさんだった。
「あ、トモリちゃん……復活したんだ」
かすかな声で呟く。
「つまんないとか言ったけど、ちょっとだけ面白かったよ。ルーカス」
間もなく、腕時計からブザーが鳴り響く。
『対象者の身体的異常を察知。転送します』
ローズさんはノアさんやセイラさんと同じように消えていった。
無機質な音だった。
この声を聞くのは二回目だった。
「……トモリ」
ルーカスさんが私の名前を口にする。
いつもの明るくて軽い感じとは全く異なる、初めて聞く低いトーンの声。
「ダリアさんとノアさんって……」
「お前が思ってる通りだ」
つまり、脱落ということ。
推測はしていたがいざ事実となってやって来ると、その事実の重みは段違いだった。
廊下に沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのはタイルさんだった。
「ちょうどいい。二人同時に片付く」
銃声が二発分響いた。
当たるかも、と思ったが、タイルさんは床を撃っていた。
「そう時間はかからないだろう」
あまりにも淡々としているその様に、私は怖気付いた。
まるで、ただ作業のように戦っているようだ、と。
次の瞬間だった。
「Stop」
英語が紡がれる。
命令の能力だろうか。
足が、思うように動かない。
床に縫い付けられたようだ。でも、完全に動けないわけではない。縫い付けは、そこまで頑丈ではなく甘かった。
無理矢理足を動かす。
ルーカスさんの方を見ると、完全に拘束されているようで、身動きが取れていなかった。
私はタイルさんが攻撃するのを防ぐために走る。
そのとき、雷鳴が轟いた。
「──雷穿。」
ルーカスさんが、攻撃だけを放つ。
上半身は動かすことができるようだ。
「なるほど」
タイルさんが小さく呟く。
「まだ余力はあるらしい」
私とルーカスさんをしっかりと見つめて言う。
「Block your vision」
視界が暗くなった。
目を確かに開いているのに、そこには暗闇しかない。
「なんだこれ……」
ルーカスさんの声が聞こえる。
そうだ。視界が奪われても、音は聞こえる。
足音がした。
ゆっくりと、散歩をするような速度。
コツコツと靴底が床を蹴る。
近づいてきている。
呼吸が浅くなる。
すぐ目の前に、タイルさんがいる。
そう思った。
しかし足音は途中で止まった。
また歩き出す。
先程より軽い足取り。
やがて、視界がパッと開ける。
結局、何も攻撃されなかった。
三歩ほど離れたところにタイルさんが立っている。
私はタイルさんをじっと見つめる。
「どうした?」
タイルさんは興味津々な声でそう返す。
私は何も返さない。
じっと見つめる。
私たちの視界が奪われている間、何も危害が加わることは無かった。
それはあまりにも怪しすぎる、そう思った。
「さっきまで威勢良かったのに」
違う。何かが違う。
タイルさんは、こんなに流暢に喋る人だっただろうか。
「……ルーカスさん」
「わかってる」
私の声を遮るように言った。
「こいつは俺がやる」
私の返事を待つまでもなくルーカスさんは前に出る。
タイルさんは、笑っていた。
まるで、遊んでいるみたいに。
タイルさんは、こんな笑い方をするような人だっただろうか。
胸の奥に、違和感が落ちる。
「ルーカスさん、待って」
ルーカスさんはこちらを振り返る。
「どうした?」
「あの、すみません」
タイルさんの目を見て言う。
「何か用?」
タイルさんも同じく私を見る。
あなたが今一番言って欲しい言葉を、私は知っている。
「変装下手ですよ」
セイラさんとローズさんは既に脱落している。
タイルと協力出来る人物は────
「……アリシアさん」
「は?」
ルーカスさんが素っ頓狂な声をあげる。
その瞬間、アリシアさんが笑う。
「えー、バレた?」
声や姿形はタイルさんそのものだが、口調や佇まいが完全にアリシアさんになっていた。
「遅い」
背後から低い声が聞こえる。
気づいた時にはもう遅かった。
あの二人が本当にしたかったことは──。
私が振り向くよりさきに、銃声が響いた。
乾いた音。
ルーカスさんの身体が大きく傾いた。




